関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

宣言・決議・意見書・声明等宣言・決議・意見書・声明等

平成30年度 意見書

「日本語教育の推進に関する法律案」に対する意見書

2019年(平成31年)2月21日
関東弁護士会連合会

 超党派の日本語教育推進議員連盟が作成した「日本語教育の推進に関する法律案」(以下、「本法律案」という。)が第198回通常国会に提出が予定されていることを受けて、当連合会は、以下のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

  1. 1 多様な文化を尊重した共生社会の実現、諸外国との交流の促進並びに友好関係の維持及び発展に寄与するため日本語教育の重要性を認識し、基本理念を定め、国、地方公共団体及び事業主の責務を明らかにする本法律案の目的には賛成である。
  2. 2 日本に居住するすべての者が日本での自己実現を可能にするためにも日本語教育を受ける権利を明記すべきである。
  3. 3 既存の社会的資源を尊重し、これを有効に活用する旨を明記すべきである。
  4. 4 地方自治体に対し、日本語教育の推進のための施策策定及び実施の義務を負わせるべきである。

第2 意見の理由

  1. 1 法律案の目的に賛成の理由
     本法律案の第1条に、「もって多様な文化を尊重した活力ある共生社会の実現に資するとともに、諸外国との交流の促進並びに友好関係の維持及び発展に寄与することを目的とする」との文言が入れられている通り、日本語教育やその環境整備をおこなう目的として、同化主義ではなく多文化主義を明確にし、日本語教育が国際的な友好等にあることを標榜する点で、戦前の日本語教育政策とは一線を画するものとなっており、概ねその目的に沿った内容となっている点で評価できる法案である。
     以下の点で個別の内容について意見はあるものの、法案の目的自体は大いに促進すべきものであり、賛成する次第である。
  2. 2 日本語教育を受ける権利の明記について
     本法律案の最終的な目的達成のためには、日本に居住するすべての者が、日本で十分な自己実現を図ることを可能にするという観点から「日本語教育を受ける権利」として、その権利性を正面から肯定する必要がある。また、これによりこれから新たに日本に入国しようとしている外国人に対し、日本における子どもに対する日本語教育においても安心であるということが諸外国にアピールできると思われる。
     「日本語教育を受ける権利」を法律上保障する意義は、そもそも教育を受ける権利が憲法上保障され、また子どもの権利条約29条や「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」13条においても保障されていることに鑑み、これを日本で実効化するための手段として、国籍にかかわらず保障すべき点にある。特に子どもの場合には、日本語が理解できないと学習言語の習得も困難となり、各科目の習得など到底かなわず、結果として高校への進学もかなわないことになりかねない。また、大人も含めたすべての市民にとってのリテラシー(読み書き)の重要性は言を俟たず、それが日本の江戸時代末期から明治にかけた社会の発展につながっていることを見ても、あるいは諸外国の現状をみても、外国人等の存在する教育の現場および地域自治体においてこれを軽視することはできない。
     しかし、今までそれが教育現場や地域において非常に軽んじられてきたことは否めないし、以下に述べる通り、民間NPO等の活動に依拠してきた現実があり、その結果、外国人等の社会統合はわが国においては非常に遅れたものとなっている。
     大人の場合、または就職希望の未成年者等、日本語が話せなければ就職の機会もなかなか得られず、その結果、生活保護に頼ることにもなりかねず、社会的な負担も増す。労働の際にも周囲とのコミュニケーションや労働安全衛生の面、あるいは生産性・効率性に影響を及ぼすこととなるし、外国人労働者が自らの権利擁護のために必要な主張をすることすらかなわないことになる。
     外国人社会統合政策(インテグレーション)においては、教育・労働・差別禁止・社会保障・医療保障・災害対応など、多くの政策が必要となるが、日本語教育はそのすべての基盤ともいえるものであって、これが不十分なままでは地域社会生活の日本人・外国人相互の地域社会生活の円滑さを実現することは難しい。
     これまでの反省を生かして教育現場や自治体の対応として十分な施策や運用を行い、そのような日本語教育を受けた者が自立した社会生活を行うことを可能とすることで、初めて多様な文化を背景とした生活者としての日本人及び外国人が共に生きる共生社会の実現が可能となるのであり、本法律案においては、日本語教育を受ける権利の権利性を明確にするべきである。
  3. 3 既存の社会資源の尊重について
     日本語教育の推進においては、各種政策との有機的な連携が必要であることはその通りだが、すでにある社会資源、たとえば事実上日本語教育の場となってきた定時制高校等、あるいは各地に散在するNPOなどの組織、有償・無償のボランティアなどとも有機的な連携が必要であることを念頭においた政策を実現すべく基本理念として謳うべきと考える。
     これまでの日本語教育の現場はこのような人々の努力によりなされてきたのであり、これまで構築されてきたノウハウや各関係機関との関係性をより有効活用すべきであり、これを蔑ろにするような施策をとるべきではない。たとえば、東京都教育委員会において、定時制高校の改組により、都立小山台高校定時制を廃止するなど、数十年に渡って積み上げてきた社会資源を廃止するような施策が行われるなど、社会資源を全く無視、無力化する方向での政策が見られるところであり、大きな懸念を抱かざるを得ない。
     政策ありきではなく、外国につながる方々への日本語教育の実効性という観点から、基本理念を構築していくべきである。
     したがって、本法律案第3条3項には既存の社会資源を尊重し、有効に活用する旨を明確化すべきである。
    (参照:平成28年2月25日・関東弁護士会連合会理事長声明:「『外国につながる生徒』の権利の保障の見地からも、東京都教育委員会の夜間定時制高校4校の廃止決定に反対する理事長声明」)
  4. 4 地方公共団体への具体的な指示の必要性について
     法案第5条や第11条等によれば、施策の策定や実施などが地方公共団体の任意によるものとなっていることから各施策の実施をするか否かの判断が地方公共団体に委ねられることとなり、日本語教育のニーズがないとして何もしないという選択・判断がなされるおそれがある。教育委員会や教育現場でこのような判断がなされれば、子どもの教育を受ける権利の保障は空文化することは目に見えており、本法律案の目的が没却されることになる。現にそのようなニーズがありながら、事実上の就学拒否をする自治体や不就学児童を生んでいる自治体もあることから、施策の策定等を抽象的な責務としたり、努力規定とした場合にこの懸念が現実化するおそれが強い。
     外国人集住地域である愛知県ですら、日本語指導が必要な外国籍中学生の進学について、全日制高校に進学した生徒は4割程度であり、定時制を入れても7割に届かず、日本人生徒の全日制高校進学率が9割という数字に比して著しく低く、日本語能力が教育を受ける権利に大きく影響を及ぼし、高校への進学の障壁となっている事態は明らか(平成28年4月、愛知県教育委員会調べ)であり、少なくとも子どもへの日本語教育施策策定や実施については自治体の任意ではなく、義務とすべきであると言わざるを得ない。
     したがって、地方自治体がなすべき責務として、方針策定の義務化や方針の内容を具体化して規定するなどの工夫が必要と考えられ、あわせて実施についても努力義務規定ではなく義務規定にするべきである。
     ただし、多文化主義の方向性を尊重し、また法案3条7項の趣旨である母語を尊重する規定に鑑み、日本語教育を推進するあまりに、日本における各国民族教育の中で日本語を強制するような事態があってはならない点には十分な配慮を要するとするべきである。
PAGE TOP