関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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2020年度(令和2年度) 声明

東京高等検察庁黒川弘務検事長の勤務延長閣議決定の撤回を求め,国家公務員法等の一部を改正する法律案のうち検察庁法改正案に反対する緊急理事長声明

  1. 1 現在,検察庁法改正法案を含む国家公務員法(以下,「国公法」という。)等の一部を改正する法律案(以下,「国公法等改正案」という。)が政府の閣議決定の上,国会に提出されている。国公法等改正案は,本年4月16日に衆議院で審議入りしており,政権与党は本通常国会での成立を目指すとの報道もある。
     しかし,この国公法等改正案は,検察官の政治的中立性,独立性を脅かし,憲法の基本原理である権力分立に反するものであり,是認することはできない。
     現在,政府・国会は,コロナウイルス感染拡大によって市民の生命や生活が脅かされているという重大な危機に直面しており,国公法等改正案よりも優先して対応すべき課題・法案が山積みのはずである。当連合会は,このような危機事態において,わが国の憲法原理を歪めかねない法案を拙速な審理で成立させようとする動きに強い懸念と反対を示すものである。
  2. 2 事の発端は,政府が,本年1月31日の閣議において,同年2月7日付で定年退官する予定だった東京高等検察庁の黒川弘務検事長について,国公法第81条の3第1項を根拠に,その勤務を延長する決定を行ったことにある(以下,「本件閣議決定」という。)。
     そもそも検察官の定年退官については,「検事総長は年齢が65年,その他の検察官は年齢が63年」と定められている(検察庁法第22条)。そして,同法第32条の2は「この法律第15条,第18条乃至第20条及び第22条乃至第25条の規定は,国公法(昭和22年法律第120号)附則第13条の規定により,検察官の職務と責任の特殊性に基づいて,同法の特例を定めたもの」としていることに鑑みても,検察官に国公法第81条の3第1項は適用されない。国公法と検察庁法はいずれも昭和22(1947)年に制定されているが,国公法には当初定年制(国公法第81条の2)の定めがなかったにもかかわらず,検察庁法には当初から上記検察庁法第22条で63歳に達したときに(定年)退官すると定めていたという別異の法制定の経過を辿ってきたことに鑑みても,検察庁法上の退職年齢制度と国公法上の退職制度は趣旨も適用範囲も異なるというべきである。政府自身も,国公法の改定で定年延長が盛り込まれた昭和56(1981)年の国会審議において,検察官には今回の定年制は適用されない旨を答弁(昭和56(1981)年4月28日衆議院内閣委員会・人事院の斧誠之助事務総局任用局長=当時)しており,これは運用の面でも順守されてきていた。
     したがって,国公法第81条の3第1項は,検察官には適用されず,本件閣議決定が検察庁法第22条及び第32条の2に違反するものであることは明白である。
  3. 3 また,本件閣議決定は,検察官の政治的中立性,独立性を脅かし,憲法の基本原理である権力分立に反するという重大な問題点もある。
     すなわち,検察官は,行政官であるものの,強大な捜査権を有し,起訴権限を独占する立場にあって,準司法的作用を有しており,行政,ときにはその長である内閣総理大臣に対しても適正に捜査権限を行使する職責と権能を有する。そのため,検察官は,政治的に中立公正でなければならず,独任制の機関とされ,身分保障も与えられている(検察庁法第25条)。検察庁法第14条が,その行政機関の長である法務大臣に検察官に対する一般的指揮権は認めるものの,個々の事件の取調や処分への指揮権は認めていないことも,検察官の独立を確保するものであって,憲法の基本原理である権力分立に基礎をおくものである。
     他方,いわゆる役職検事である検事総長や検事長などは,その指揮下にある検察官に対し,その事務を自ら取り扱うこと命じたり,他の検察官に取り扱わせたりすることができるという強い影響力を有する(検察庁法第12条等)。そのため,「内閣又は法務大臣」に対し,いわゆる役職検事の人事に裁量的に介入する権限を付与することは,その役職検事の人事権にとどまらず,検察全体への不当な介入を認めることになり,検察官の権力に対する中立性,独立性を脅かし,検察官が準司法官としての職責を果たせなくなる事態を招きかねない。
     以上,本件閣議決定は,検察庁法第22条及び第32条の2に反する違法な権力行使であり,かつ,検察官の政治的中立性や独立性を脅かし,憲法の基本原理である権力分立に反するものというべきである。
  4. 4 また,政府は,違憲・違法な閣議決定の是正を図ることもないまま,本件閣議決定に関する国公法の解釈を二転三転させた後,本年3月13日,国公法等改正案を通常国会に提出するに至った。
     この国公法等改正案は,すべての検察官の定年を現行の63歳から65歳に段階的に引き上げた上で,63歳の段階で最高検次長検事や高検検事長,検事正などの役職には就任できないとするいわゆる役職定年制を適用するとしている。但し,この役職定年につき,「内閣又は法務大臣」が「職務の遂行上の特別の事情を勘案し」「公務の運営に著しい支障が生ずる」と認めるときは,役職定年を超えて,あるいは定年を超えて当該官職で勤務することができるようにするという「特例措置」も定めるとしている。
     しかし,役職定年を超えて勤務することができる「特例措置」の権限を,「内閣又は法務大臣」に委ねることを認める法改正は,時の政権に検察人事に関する裁量権を付与することを意味し,結果として,検察官が職務の遂行に際し政権の影響を受けるという事態,もしくは検察官が政権に忖度した職務の遂行を行うという事態を招きかねず,厳正公平,不偏不党を理念とする検察に対する国民の信頼,ひいてはわが国の司法制度に対する国民の信頼が失われることになりかねない。
     時の政権に検察人事への介入権限を認めることは,検察官の政治的中立性や独立性を脅かし,憲法の基本原理である権力分立に反するものであり,許されるべきではない。違法な本件閣議決定に基づく黒川弘務検事長の勤務延長がまかり通り,法の支配が蔑ろにされている状況下で,かかる違法行為の問題とのつじつま合わせのような法律を成立させることは法治国家としてあってはならないことである。
  5. 5 当連合会は,法の支配を蔑ろにしている本件閣議決定の撤回を強く求めるとともに,検察官の政治的中立性,独立性を脅かし,憲法の基本原理である権力分立に反する国公法等改正案のうち,検察官の定年ないし勤務延長に係る「特例措置」の部分に強く反対する。

2020年(令和2年)5月11日
関東弁護士会連合会
理事長 伊藤 茂昭

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