関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

宣言・決議・意見書・声明等宣言・決議・意見書・声明等

2020年度(令和2年度) 声明

スポーツにおける公正性・公平性の実現を目指す宣言

 これまで,スポーツと法の分野は,必ずしも弁護士に周知浸透されてきたとはいえず,また,スポーツ団体などの関係者にとっても,スポーツの現場に法を持ち込むことに対する抵抗感は少なからずあっただろう。しかし,スポーツ基本法は,前文及び第2条第1項において「スポーツは,これを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利である」として,いわゆるスポーツ権を規定している。そして,スポーツを安全・安心な環境の下で思う存分楽しみ,全力を尽くして競い合うためには,参加者のスポーツ権が保障され,スポーツが公正かつ公平なものでなければならない。とりわけ勝敗をつけることを本質としている競技スポーツについては,その要請は強い。
 近時,プロアマを問わず,スポーツ団体を巡る不祥事報道が後を絶たないが,こうした不祥事は,競技者のスポーツ権をはじめとする様々な権利を侵害するものであり,スポーツ団体のガバナンスやコンプライアンスに関わるものでもあるから,多分に法律的な問題が含まれている。現に,スポーツ庁は,令和元年6月10日に,スポーツ団体が適正な団体運営を目指す指針となる「スポーツ団体ガバナンスコード」を公表し,不祥事の未然防止とスポーツの価値の実現を目指しているが,このガバナンスコードでは13の原則が打ち出され,弁護士を積極的に活用するべきことが具体的に明記された。従って,弁護士がスポーツ法分野における専門性を高め,スポーツ団体と連携して,不祥事の事前防止や事後の対応などの対策に寄与し,以て,スポーツにおける公正性・公平性の実現を目指すことの意義は大きい。
 他方,競技者のスポーツ権が侵害され,スポーツにおける公正性・公平性の実現が危ぶまれる事例を,より顕著に抱えるのが障害者スポーツである。東京パラリンピックの開催が迫っているにも関わらず,競技種目やルールの周知すら十分とは言えない。障害の程度が代表選考に影響することや,障害の程度により参加クラスが分けられることについては,公正性・公平性との関係で大きな問題もあるなど障害者スポーツ特有の課題は多い。また,障害者スポーツの歴史や現状を見ると,差別に関わる問題も根深く,日常的なスポーツ活動の現場からオリンピック出場に至るまで,多くの具体的問題が生じている。こうした差別に関する問題は,障害者権利条約や障害者差別解消法,ひいては憲法解釈にも関わる極めて法律的な問題であって,弁護士が,障害者スポーツについて知り,差別や代表選考などの問題の解決に貢献することで,スポーツにおける公正性・公平性の実現を目指すことの意義は大きい。
 よって,スポーツにおける公正性・公平性を実現するべく,スポーツ団体の適正な運営に寄与してスポーツにおける不祥事を防止し,障害者スポーツにおける各種問題の解決に貢献することを目的として,当連合会は,以下のとおり,宣言する。

  1. 第1 スポーツ権の保障やスポーツにおける公正性・公平性の重要性の啓発
     スポーツ基本法においてスポーツ権が保障されたにもかかわらず,スポーツ団体の不祥事やスポーツ権を侵害する事例が後を絶たない現状において,スポーツにおける公正性・公平性を実現することは極めて重要と考えられる。
     そこで,スポーツ権の保障やスポーツにおける公正性・公平性の実現が重要であるという認識を普及させるとともに,スポーツ権侵害の救済やスポーツ団体の不祥事の未然防止や事後対応について,弁護士の関与が期待されていることに鑑み,弁護士会連合会として,管内弁護士会の弁護士に対して,スポーツ法分野における弁護士の役割や必要性を啓発していく。
  2. 第2 スポーツロイヤーの養成と権利侵害に対する救済手続きの研修
     スポーツ法の分野における弁護士の活躍の場は多岐にわたるが,必ずしも弁護士に周知浸透されているとはいえない新しい分野であることに鑑み,弁護士会連合会として,管内弁護士会の会員弁護士に対して,スポーツ法に関する諸問題についての研修会を積極的に行うなど,スポーツロイヤーの養成に取り組んでいく。また,その中でもスポーツ紛争の解決手段の一つである日本スポーツ仲裁機構(JSAA)のスポーツ仲裁やスポーツ調停(和解あっせん)制度は,弁護士業務への親和性が高いにもかかわらず,いまだ多くの弁護士に周知された手続きとはいえず,スポーツにおいて権利侵害を受けた被害者に対する救済に寄与しきれていないのが現状である。
     そこで,スポーツロイヤーを養成する中で,スポーツ仲裁やスポーツ調停(和解あっせん)制度その他の救済手段に関する研修を積極的に取り入れ,知識経験を啓発することで,かかる手続きに関する相談依頼に対応できる弁護士を増やし,以てスポーツ被害の救済に貢献することを目指す。
  3. 第3 スポーツ団体,並びに,競技者への周知・広報
     第2におけるスポーツロイヤー養成に関する取り組みをスポーツ団体や競技者に周知,広報するとともに,スポーツロイヤーをスポーツ団体に派遣する仕組みを創設したり,競技者に対する法律相談を実施するなど,スポーツ団体のガバナンスの構築とコンプライアンスの実現,並びに,競技者のスポーツ権の保障に寄与すべく,スポーツ団体,競技者へ弁護士の積極的活用を促していく。
  4. 第4 障害者スポーツと差別・権利侵害事例の研究
     障害者スポーツにおいては,スポーツにおける公正性・公平性の観点から競技者のスポーツ権が侵害される事例や障害者差別に関わる問題など法的課題が山積しているにもかかわらず,いまだ理解が浸透していない現状がある。そこで,法律の専門職である弁護士が中心となって,スポーツ法のみならず,障害福祉法制の観点からも,法的に差別・権利侵害事例を研究し,競技者の救済の必要性を啓発するものとする。

以上の通り宣言する。

2020年(令和2年)年9月25日

関東弁護士会連合会

提案理由

第1 スポーツロイヤーの養成と普及

  1. 1 スポーツと弁護士の関わり方の変容
     スポーツと法は,一見すると相互のかかわりがないようにも見える。実際に,これまでのスポーツの現場においては,スポーツと法は別物であり,専門的にスポーツに取り組んできたわけでもない弁護士に何が分かるのかといった風潮も感じられた。
     それ故,顧問弁護士がいるスポーツ団体は少なく,また,顧問弁護士がいるスポーツ団体であっても,弁護士はトラブルになったときに相談・依頼するだけの存在であったし,ましてや,顧問弁護士のいないスポーツ団体と弁護士の関りはなかったといえる。
     他方,弁護士側にとっても,スポーツの法律問題は,スポーツ事故などの損害賠償事案の延長という程度の認識や,専門的な知識が必要であり容易に対応できない分野であるという認識を持つ者が多数派であったと思われる。
     しかし,後に述べるように, 近年スポーツ団体の不祥事が後を絶たないことや,スポーツ庁において,平成30年12月に「スポーツ・インテグリティの確保に向けたアクションプラン」が策定され,これに基づき令和元年6月10日に「スポーツ団体ガバナンスコード」が公表されるなど,今後,スポーツ団体と弁護士とが関わるシーンは増加することが予想され,現場の意識も大きく変革すべき時期にさしかかっている。
     また,開催が目前にまで迫っていた東京オリンピック・パラリンピックは,新型コロナウィルスの影響で延期になった上,その他のスポーツイベントにも自粛によって参加することも,観戦することも困難となった今,改めてスポーツの価値というものが問われており,より一層,スポーツにおける公正性,公平性の実現が問われているといえる。
     そして,このような変革の機会にこそ,弁護士が法律家としての専門性を発揮し,スポーツ団体の不祥事やスポーツ権の侵害事例に対して適切に助言することを通じて,これまで必ずしも注目されていなかったスポーツ団体や競技者と弁護士との関係性を強固にすることが要請され,業務分野の拡大と発展に繋げるチャンスでもある。
     そこで,当連合会としても,スポーツ法分野に精通したスポーツロイヤーを増やし,普及させることで,スポーツ界の需要に対応できるような体制を整えておくことが求められているし,その結果,スポーツ団体の適正化,遵法化にもつながるものと考えられる。
  2. 2 スポーツ法分野で弁護士が役割を果たすための課題
     然るに,スポーツ法分野に弁護士がその役割を果たすにあたり,最も問題となるのは,実務経験に触れる機会や研修体制の不足である。実際にスポーツに関わる事件を経験している弁護士や,スポーツ団体のガバナンスに関与したことのある弁護士は,ごく一部の弁護士であり,多くの弁護士は,スポーツ法やスポーツ団体に関する業務に関わろうにも,知識も経験もないために,諦めざるを得ないという現状がある。また,現状では,各単位会などが主催するスポーツ法に関する研修会は数が少なく,充分ではない。
     そこで,当連合会として,管内弁護士会に対し,まだスポーツ法関係の委員会や研究会が無い単位会においては速やかにスポーツ法関係の委員会または研究会を作ることを要請するとともに,当連合会内にも単位会の垣根を越えた委員会やPT等を発足させ,単位会横断的な研修会を開催するなど,これまでよりも充実したスポーツロイヤー養成の機会を創出するべきである。また,スポーツ法に精通した弁護士が所属している研究会などにもこのような研修会に積極的に参加できる機会を作り,情報を広く共有できるような体制を,当連合会をあげて作っていく必要がある。

第2 スポーツ団体への周知・広報

  1. 1 相次ぐスポーツ団体の不祥事
     スポーツ団体の不祥事は,近年特に問題になっている。
     日本相撲協会における八百長問題や暴行事件,全日本柔道連盟における助成金の不正使用問題や理事,指導者による女子選手に対するセクハラの問題,日本レスリング協会や日本体操協会におけるパワハラ疑惑,日本ボクシング連盟における助成金の流用問題,全日本テコンドー協会における内紛,大学アメフット部における悪質タックル問題等,プロアマを問わず,スポーツ団体を巡る不祥事の報道が後を絶たない。
  2. 2 スポーツ団体の社会的責任の増大
     スポーツ団体は,多くの場合,当該競技の元競技者といった,そのスポーツに関わるいわば「身内」によって組織され運営されてきたのが実態である。従って,どうしても団体運営や経理などの適正な知識を欠く場合があり,また,競技者時代の人間関係の影響も受けやすいため,法令やルールの遵守よりも,人間関係への配慮が優先され,団体内部での対立構造が,一般的な団体に比べて生まれやすい土壌がある。
     これまでは,スポーツ団体に対する注目はさほど大きいものではなく,一種の村社会としてその団体運営のあり方についてはあまり問題とされてこなかった。
     しかし,東京オリンピック・パラリンピックを控え,近年,当該スポーツや競技者のテレビ,新聞等のメディアへの露出が増え,スポンサーがつき,ファンが増えるなど,スポーツに対して大きな注目が集まっている。そして,それに伴い,当該スポーツの普及・振興・強化の担い手であるスポーツ団体,とりわけ当該スポーツの統括組織である中央競技団体は,各種公的支援の対象にもなっており,その社会的責任は増している。
     そのため,スポーツ団体においては,その社会的責任を果たし,社会からの信頼を得るためにも,これまでのような身内による支配ではなく,「法の支配」を浸透させていく必要があり,法律の専門家である弁護士の果たすべき役割は大きいといえる。
  3. 3 スポーツ団体ガバナンスコードの策定
     スポーツ庁は,平成30年12月に「スポーツ・インテグリティの確保に向けたアクションプラン」を策定し,令和元年6月10日に,スポーツ団体向けの「ガバナンスコード」を公表した。
     そして,このガバナンスコードにおいては,13の原則が打ち出されているが,例えば,原則4では,コンプライアンス委員会を設置し,その構成員に弁護士を配置するべきことが定められている。また,原則6では,法務等の体制を構築するべきとされ,法律等の専門家のサポートを日常的に受けることができる体制を構築することが規定され,原則9では,通報制度を構築すべきであり,通報制度の運用体制は,弁護士等の有識者を中心に整備することとされている。さらに,原則12においては,危機管理及び不祥事対応体制を構築すべきところ,危機管理及び不祥事対応として外部調査委員会を設置する場合,当該調査委員会は,弁護士等の独立性・中立性・専門性を有する外部有識者を中心に構成することとされた。
     このように,同コードには,不祥事の未然防止に弁護士を活用するべきことが明記されているのであり,スポーツ団体と弁護士が連携して,不祥事の予防に当たることが期待されている。同コードの要請に応えるために必要な専門的知識と素養を身につけた弁護士を,早急に養成することは,当連合会の責務である。
  4. 4 スポーツ団体への周知・広報
     上記ガバナンスコードが策定され,また,2020年からは,同コードに基づく適合性審査が実施されることもあって,団体運営の健全化に向けて組織体制を整備し始めたスポーツ団体も出てきている。ただ,スポーツ団体の中には,財政的基盤が脆弱であり,人的資源にも乏しい団体も多く,その対応に苦慮されることが予想される。
     そこで,スポーツ界の実情を理解した弁護士を始めとした専門家が,スポーツ団体に関与し適切な助言することが重要であり,当連合会としても,弁護士を活用することの有用性,それにより不祥事を予防することができること等を広くスポーツ団体に対して周知することが必要である。そして,第1におけるスポーツロイヤー養成に関する取り組みを積極的に広報するとともに,スポーツロイヤーをスポーツ団体に派遣する仕組みを作るなどして,スポーツ団体のガバナンスの構築とコンプライアンスの実現に寄与できる体制を整える必要性は高い。

第3 障害者スポーツの理解増進と差別・権利侵害事例の研究

  1. 1 スポーツ権侵害の顕著な例
     障害のある人がスポーツをしようとすると,障害のない人がスポーツをする場合よりも,スポーツ権が侵害される場面が多く生じ得る。例えば,車椅子競技の競技者が,一般スポーツ施設の利用を申し込んだところ,利用を拒否されることもある。また,障害の程度が変わったことによって,代表選考基準を満たさなくなったり,競技の参加クラスが変更になってしまい,クラスの変更によって,これまでのように良い成績が出せなくなったりしてしまうこともあるし,自分の装具よりも性能の良い装具をつけた競技者に勝てないということもある。もちろん,一般的なスポーツ競技と同じように,代表選考や団体内での不利益処分などによるスポーツ権の侵害もありうる。最近では,東京パラリンピックが1年延期されたことにより,障害が進行するなどして,せっかく獲得した出場の機会を失う可能性がある選手がいることも,障害者スポーツ特有の問題として話題となった。
     このように,障害のない人が気づかないところで障害者のスポーツ権が侵害されることが多いのが,障害者スポーツであるが,これまではあまり注目されておらず,上記のような権利侵害についても,大きく取り上げられることは少なかった。
     しかし,近年,急激に認知度を高めてきているパラリンピックにより,障害者スポーツへの一般社会の理解が深まってきているため,この機会に改めて障害者スポーツについて理解し,そこに潜在する法的問題を認識しておくことが重要である。スポーツにおける公正性・公平性が問題となることが多い障害者スポーツを理解することは,スポーツにおける公正性・公平性を論ずるにあたり,またスポーツロイヤーの養成にあっては,避けて通れない分野といえる。
  2. 2 障害者スポーツに対する理解不足
     近年注目を集めている障害者スポーツであるが,それでも障害者スポーツの競技種目を知っていたり,各競技のルールを知っていたりする人はまだ少数派である。
     障害者スポーツの歴史を見ると,リハビリ等の手段として始まってきた経緯があり,競技スポーツのレベルにおいても,障害のある人と障害のない人が,相互に共生して,スポーツに取り組む機会は少なかったことから,例えば,障害に配慮された練習場所施設が少なかったり,上記したように障害を理由に施設の利用を制限されたり,介助者の同伴や補助具の使用を制限されたりする結果,練習先の確保に支障を来すなどの差別に関わる問題も根深い。例えば,義足を使用している選手のオリンピック出場が認められなかった事例なども差別と関係する問題である。
     この点,スポーツ基本法は,第2条の基本理念で,スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利であり(同1項),障害者が自主的かつ積極的にスポーツを行うことができるよう,障害の種類や程度に応じ必要な配慮をしつつ推進されるべきこと(同5項)を規定している。また,障害者権利条約においても,第30条で,締約国は,障害者が他の者と平等に,スポーツの活動に参加することを可能とすることを目的として,①あらゆる水準の一般のスポーツ活動に可能な限り参加することを奨励,促進すること,②障害に応じたスポーツ活動を組織し,発展させ,参加する機会を確保すること,このため,適当な指導,研修及び資源が他の者と平等に提供されるよう奨励すること,③スポーツへのアクセスを確保すること,④児童の学校教育の場も含め,スポーツへの参加について均等な機会を享受することを確保すること,⑤スポーツ活動の企画に関与する者によるサービスを利用することを確保することが定められている。そして,障害者差別解消法は,第7条及び第8条において,障害を理由とする差別の禁止を明定するとともに,障害に起因する社会的障壁の除去について合理的配慮をしないことが差別に当たりうることを定めた。
     すなわち,こうした障害者のスポーツ権の侵害や差別に関する問題は,高度に法律的な問題なのであって,弁護士が,障害者スポーツについて正しい知識を持ち,かかるスポーツ権侵害や差別の解消に貢献することは,非常に重要である。
  3. 3 権利侵害事例の研究
     障害者スポーツには,クラシフィケーションという,競技のクラス分けに関する問題がある。クラシフィケーションとは,障害の程度に応じて競技種目を分けるというもので,障害者スポーツ特有の問題である。障害の程度をどのように設定するかによって,トップ競技者だったものが,突然下位に落ちることもあり得るのであり,競技者にとっては死活問題である。
     また,障害者スポーツにおいては,障害の程度が変わったことによって,代表選考基準を満たさなくなるなどの特有の問題もある。
     さらに,身体的能力,技術を極限まで極めて優劣を競い,勝利を希求することを本質とする競技スポーツと誰もが共生し,障害のある人が障害のない人と同様に社会参加をすることを希求する障害福祉法の理念との整合性などは,いまだ十分な研究がなされていない法分野である。
     このような障害者スポーツ特有の問題を研究し,障害者スポーツに対する理解を深めることは,権利侵害や差別の救済という社会正義の実現を使命とする弁護士としての根源的な活動に資するものであり,ひいては,スポーツ全般に関わる紛争解決手段の理解が深まる。スポーツロイヤー養成のためには,非常に重要な研究である。

第4 権利侵害に対する救済手段の啓発

  1. 1 スポーツ団体への啓発
     スポーツ団体の所属選手らへの不利益処分は,適正な手続きに則り,厳格になされなければならない。資格の停止や剥奪という処分は,コーチ,競技者などのスポーツ関係者にとっては非常に重大な処分であり,会社でいえば解雇の処分にも匹敵するといえる。そのため,正確に事案を把握し,綿密な調査を行い,正しい事実認定のもと,適正な手続きによって処分を行わなければならない。
     しかし,処分の前提となる事案の把握や調査は,捜査機関と異なり強制力がないため,十分な調査が困難な場合も多い。事実認定についても,法律の専門家でないスポーツ関係者がすることになれば,偏った判断や不適切な認定がなされる可能性が高いが,そのような事実認定をもとに処分がなされれば,被処分者の権利を不当に侵害する処分であると評価せざるを得ない。
     そのため,こうした事実調査や事実認定には,法律の専門家である弁護士などの専門職が関与することが望ましいが,現状では,弁護士とスポーツ団体の関りが充分ではないため,弁護士が活用されず,不十分な調査による,不適切な事実認定に基づく処分がなされている場合も少なくない。
     そこで,手続を厳格に履践することの重要性,手続の流れや陥りやすい誤解などをスポーツ団体に啓発し,弁護士などの専門家の活用を促して,処分手続を適正に行えるようにすることで,スポーツにおける公正性・公平性の実現に近づくことができる。
  2. 2 弁護士に対する啓発
     スポーツ事故であれば,通常の損害賠償請求事件と同様,裁判所での紛争解決が可能であり,スポーツ法に触れる機会の少ない弁護士であっても,対応は可能である。他方,スポーツに関する紛争は,代表選考やアンチ・ドーピング規則違反に対する処分対応,不利益処分に関する紛争など,迅速性や専門性が要求されるものが多い。また,こうしたスポーツ団体内部の紛争は,部分社会の法理や「法律上の争訟」(裁判所法第3条)にあたらないことを理由に,裁判所での解決が困難である場合が多い。
     こうしたスポーツ紛争の解決手段として,日本スポーツ仲裁機構(JSAA)のスポーツ仲裁やスポーツ調停(和解あっせん)制度がある。これらは,一般的な仲裁や調停の手続きに準じるものであり,弁護士業務との親和性も高く,理解しやすい制度であるといえる。
     しかしながら,同手続が利用された事案数はまだそれほど多くなく,十分に活用されているとはいいがたい。競技者等の権利侵害に対して,「法の支配」を及ぼし,泣き寝入りをなくすためにも,こうしたスポーツ仲裁等の紛争解決手段が広く周知され活用される必要があろう。
     そこで,法律の専門家であり社会正義実現の担い手である弁護士に対し,広くスポーツ仲裁等の紛争解決手段・権利救済手段を啓発しその理解を深めることで,スポーツ分野における権利侵害の救済に大きな役割を果たすことができるようにするべきである。
PAGE TOP