関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

宣言・決議・意見書・声明等宣言・決議・意見書・声明等

2021年度(令和3年度) 声明

性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくるための宣言

 「自然は多様性を好むが,社会はそれを嫌う」(Milton Diamond)
 私たちの多くは,自分の性別とは生まれた時に付与された性別(生物学的性別)である,と当然のごとく考える。自らの生物学的性別に対し,違和感を抱くということはほとんどない。このような人々はシスジェンダーと呼ばれている。社会や法制度は,人の性別とは生物学的性別であるという前提の下に形成されてきた。多くのシスジェンダーは,このような社会と法制度を当然のものとして考えてきた。
 しかしながら,性は多様であって,その中には,出生時に割り当てられた性別に対し強い違和感を抱く人たち(トランスジェンダー)が少なからずいる。
 もとより,人の性別の認識は様々であり,人が実感している性別は,気がついた時にはそのように感じているというものであって,それが,生物学的性別に一致する人と一致しない人が存在しているに過ぎない。
 あらゆる人が個人として尊重され,個人の生命や人格は等しく保障されなければならないというのが憲法の根本的な理念(憲法価値)である。しかしながら,私たちは,特に性に関しては,固定観念の下で,トランスジェンダーを含む性的マイノリティの存在やその人たちの尊厳を,無視し排除してきた。露骨な差別的発言が聞かれることもあるが,自己の無理解や無関心を是とする態度も,同じく差別を行っていると言わざるを得ない。正に,多様な自然の中で生活している私たちが,ひとつの既成価値を押し通し,異なるものを排除しながら,社会形成をしてきた事実を看過してはならないと思う。
 法律家である私たちは,このような実情を痛感し,性自認のあり方が尊重され誰もが等しく人権を享有するとの前提の下に,憲法に基づいてトランスジェンダーがいかに権利を実現し得るかを確認した。この権利を実効化するために,現行の法制度や社会の中で,トランスジェンダーが直面している不都合や苦痛を真摯に受け止め,これを多くの国民と共有し,新しい社会(法)制度を作り上げていくための提言をしなければならないと考えた。
 そもそも,性自認というものは,基本権の深奥に位置する人格の核心に関わるものである。その性自認ないしその人にとっての性別を尊重される権利(以下「性自認の権利」という。)は,人間の生き様に直結する根源的な価値(利益)であり,憲法13条前段の個人の尊厳に深く関わるものであって,性自認の権利が人格の発現として具体化する場面においては,同条後段の幸福追求権の実現として,最大限の保障を受けるべきものである。又,性自認は,個人の人格的生存と密接不可分なものであり,決して自らの意思で選択できるものではない。性自認は,憲法14条1項に規定された人種・信条・性別・社会的身分・門地と同様に,人をそれによって不当に区別することが許されない属性であり,どのような性自認のあり方であっても人は等しく個人として尊重されるべきである。このような基底的平等の要請からは,性自認による異なる取り扱いは基本的には許されないと言わなければならない。
 こうしたトランスジェンダーの性自認の権利や平等権を深く自覚し,社会における固定観念やそれに基づく偏見・差別を打破して,トランスジェンダーにとって,出生から終焉を迎えるまでの長い人生において,安心して生活を送ることができる社会を実現するため,当連合会は以下の通り宣言する。

  1. 第1 私たち国民は,性別違和・性別不合を有する人たち(トランスジェンダー)の実情を知り,性自認の権利が人格の根幹や人間の生き様に直結する重要な権利であることを深く考慮し,自認する性に従って生きることに対して不当な差別をしてはならないということを自覚するとともに,個人の尊厳の理念が尊重され,それぞれの個性や人格的な価値観が認められる多様性を重んじる社会の確立を目指していかなければならない。
  2. 第2 そのため,政府や立法府に対しては,トランスジェンダーを含む性的マイノリティに対する偏見や差別を解消するため,差別を受け苦しむ人たちの存在や差別による弊害の深刻さを十分に把握し,トランスジェンダーを含む性的マイノリティへの差別を禁止する法律及び普遍的・総体的に差別を禁ずる包括的な差別禁止法(基本法)を速やかに成立させることを求める。
  3. 第3 トランスジェンダーが,人権保障の理念の下に安心して暮らせる社会を実現するため,各々の場面における具体的な問題に対し,以下の提言を行う。
    1. 1 政府・立法府は,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)に規定された戸籍上(法令上)の性別変更要件に関しては,専門家の判断を関与させること及び年齢要件を除き,速やかに撤廃し,年齢要件について15歳以上とすることを積極的に検討し,性自認の権利に基づいて,自認する性をもって法律上の性別とすることを基本とする新しい法制度を作ること。
    2. 2(1) 行政機関,教育機関,企業その他の各種団体は,必要性や合理性の少ない性別欄を可及的に撤廃すること。
    3.  (2) 厚生労働省は,健康保険証の性別欄の削除に必要な施策をとること。
    4.  (3) 総務省は,マイナンバーカードの性別欄を廃止するために必要な施策をとること。
    5.  (4) 各事業所や諸団体(弁護士会を含む。)は,採用選考時の履歴書や入会申込書等における性別欄の男女の選択肢や,対外的な書類及び証明書等の性別表記を可及的に撤廃すること。
    6. 3(1) 全ての医療機関は,トランスジェンダーの医療アクセスが困難になっている原因を理解し,アクセスに障害が生じたり十分な治療が受けられないといった事態が発生しないよう対策を講じ,トランスジェンダーに関する知識の習得と配慮に努めること。
    7.  (2) 厚生労働省及び関係諸機関は,性同一性障害に対するホルモン療法(二次性徴抑制療法としてのホルモン療法を含む。)において一定程度の有効性と安全性が確認できるホルモン製剤による同療法については,少なくとも,他の効能・効果に関して薬事承認された製剤に係るものの保険適用を認めること。
    8.  (3) 厚生労働省及び関係諸機関は,上記(2)のホルモン療法に保険適用が認められるまでの間も,単独であれば保険診療となる関連療法(①性別適合手術,②乳房切除術,③特例法により性別取扱いを変更した者に対する変更後の性別の性ホルモンを投与する療法)について,ホルモン療法との併用を理由として混合診療保険給付外原則を適用する扱いを改め,①乃至③の部分については保険給付を認めること。
    9. 4 国・地方自治体・民間企業は,個人が自らの性自認に基づいた性別で日常の社会生活を送ることは法律上保護された権利であることを自明のものとすべきであり,トイレの利用についても,支障なく性自認に基づいた利用ができるよう,トイレを利用する全ての者への理解を促し,トイレ利用の便宜や設置の改善等を積極的に行うこと。
    10. 5(1) 文部科学省は,学校自体が性別分化を推し進めるものであり,これによりトランスジェンダー児童にジェンダー葛藤が生じていることを認識するとともに,このジェンダー葛藤を軽減させるため,性自認を尊重した学ぶ権利を保障しつつ,各教育委員会や教育機関に対して,トランスジェンダー児童が安心して学ぶことができる教育環境の整備を強く求めていくこと。又,教師が性的マイノリティに関する授業を十分行い得るようなガイドラインの策定や学習指導要領の見直しを行うこと。
    11.  (2) 各教育機関,特に小・中・高等学校においては,教師や保護者に対する指導や支援(情報提供,支援体制の確立)を行いつつ,トランスジェンダーを含む性的マイノリティの児童に対するいじめや差別を防止し,服装・髪型・トイレ等の使用,呼称や授業のあり方等に関し,同児童が学びやすく安心して生活できる教育環境の構築を行うこと。
    12.  (3) 大学においては,トランスジェンダー学生が学内で共に生活していることを十分認識し,相談支援センターやコミュニケーション・交流を図り得る場を積極的に設けるとともに,特に女子大学においては,トランスジェンダー女性の学生の就学を積極的に進めること。
    13.  (4) 児童養護施設は,発達障害等への無理解から否定的評価を受け続けたことや虐待を受けたことで自己肯定感が低くなっている子どもたちが大勢生活している中で,トランスジェンダー児童の実情の把握が困難であることを認識し,これを改善するため,性的マイノリティに関する職員の知識や理解不足の解消に向けて積極的に研修を行うとともに,トランスジェンダー児童が自らの状況を率直に申し出できる環境作りに努めること。
    14. 6(1) 厚生労働省は,各事業所に対して,トランスジェンダー当事者がその自認する性別の労働者として労働することができるように配慮し,かつ,就業のあらゆる場面において差別されないように指導すること。
    15.  (2) 各事業所においては,性自認が基本権の深奥に位置する人格の核心に関わるものであることを踏まえ,トランスジェンダーであることを理由とする採用拒否や配転・解雇等の不平等な取扱い,アウティングを含むトランスジェンダーに対するハラスメントは絶対に行わないようにすること。
       そのため,トランスジェンダーをはじめとする性的マイノリティに対する差別的取扱いやハラスメントを行わない旨の就業規則等への規定化,従業員の理解促進のための教育や啓発,研修の実施,相談窓口の設置等,法令上の措置義務を履行すること。又,トランスジェンダーの使用するトイレや制服等に関する環境の整備に努めること。
    16. 7(1) 法務省や刑事収容施設は,同施設内で性自認の権利が十分実現されるよう,トランスジェンダー被収容者の人権に配慮した措置を行うこと。
    17.  (2) 収容される施設に関しては,被収容者が望む限り,その意思を尊重して,性自認のとおりの性別によって収容されるようにすること。
       仮に,性自認と異なる施設に収容する時には,居室は単独室とし,夜間は居室で過ごせるようにすること。万一,監視カメラの設置された居室への収容や昼夜居室処遇をするような場合は,その必要性を厳格に判断すること。又,昼夜居室処遇の名で実質的に隔離するようなことは,法律の規定に基づかない不利益処遇として許されないので,行わないこと。
    18.  (3) 日常生活においては,トランスジェンダー女性の被収容者に対しては,シスジェンダー女性と同様の髪型を許容し,入浴時の立会も性的羞恥心に配慮するようにし,衣服等についても性自認を尊重した購入や使用を認めること。併せて,身体検査や運動についても,トランスジェンダー被収容者の希望を十分考慮すること。
    19.  (4) 医療的行為に関しては,ホルモン療法や性別適合手術がトランスジェンダー被収容者にとっては性自認の権利を実現する必要的な医療的措置であることを十分自覚し,専門的な知識と経験のある認定医の判断を尊重して,これらの措置が受けられる体制を構築すること。

 トランスジェンダーが現状受けている権利侵害や差別,感じている苦痛に鑑みるならば,上記各提言の実践は一刻の猶予も許されない。よって,上記各提言の速やかな実現に向け,関東弁護士会連合会は,上記各機関に積極的な働きかけを行うとともに,トランスジェンダーの人権保障と差別の撤廃のため,主体的に取り組むことを誓う。

 以上の通り宣言する。

2021年(令和3年)9月24日

関東弁護士会連合会

提案理由

  1. 1 出生時に割り当てられた性別が自己の性別についての認識(性自認)とは一致せず,身体的性別ないしは社会的性別に違和感を持つ人たちのことをトランスジェンダーという。トランスジェンダーは,抽象的に性別違和を感じる人たちを含めると,約2%存在すると言われており,その数は決して少ないとは言えない。その中には,第二次性徴を迎え,自己の身体の変化に戸惑い,肉体を外部に晒すことに耐えられなかった者もいる。自分は男性だという思いを打ち消すことができず,学校から指示された制服のスカートをどうしてもはくことができなかった者もいる。思い切って自分の心情を両親や教師,友人・同僚に打ち明けたものの,自己を否定され,絶望の淵に追いやられた者もいる。そして最後は,本当の気持ちを言える相手がどこにもいないと悟り,孤独の中で孤立を深めていくことも稀ではない。
     この社会では,生物学的性別による男女を法律上の性別と定め,これに基づく男女二元論に従って,様々な法制度が形成されている。このような性別分化(性別の二分法)は,すでに幼児教育や初等教育から始まり,それが中学・高校といった学校生活の中で更に強められ,若者は社会に送られていくことになる。こうした中で,トランスジェンダーは,学生時代,就業,結婚,家庭生活といった人生のあらゆる段階において,多くの困難を有しており,時には周囲から偏見や差別を受け,自死を選ぶ者も少なからずいる。
     私たち国民には,トランスジェンダーの実情や苦しみ,性自認の重要性についての認識が極めて不足している。又,多くのシスジェンダーは,現行の法制度や社会の下で,自己のアイデンティティは侵害されず,その生活に安住し,トランスジェンダーに思いを寄せることは極めて少ない。現状のままでは,社会におけるあらゆる場面において,トランスジェンダーは取り残され,不安や恐怖の下で身を潜めて生きていかなければならないのである。
     私たちは,トランスジェンダーのこうした苦痛を自分のこととして認識し,共感して励まし合うとともに,個人の尊厳の理念を重視し,多様性を認め合える社会を構築していかなければならないと思っている。そのためには,国や地方自治体も,上記改革に向け全力を尽くさなければならないと考える。
  2. 2 そもそも,性自認というものは,基本権の深奥に位置して私たちの人格の根幹を形成し,社会生活のあらゆる場面において独立した一個の人格的主体として認められるために必要不可欠なものであって,人間の生き様に直結する価値である。性自認の権利は,憲法13条の個人の尊厳に基づき,その存在だけで最大限の尊重を要するものであって,基底的・根源的な権利と言うべきものである。具体的には,幸福追求権の実現として,自認する性を表明する権利,自認する性に従って学校生活や社会生活を送る権利,自認する性に身体的性を適合させる権利,自認する性に従った取扱いを受ける権利,自認する性に従って幸福な生活を過ごすための法制度を国や地方自治体,社会や学校に求める権利等により構成されると捉えることができる。
     又,性自認は,個人の人格的生存に密接不可分なものであり,家族関係や人間関係を形成していく上で重要な利益であるとともに,生来的なものであって,その者として自分の力では如何ともし難いものである。性自認は,憲法14条1項が掲げる人種・信条・性別・社会的身分・門地と同様に,人をそれによって不当に区別することが許されない属性そのものとして,全ての国民において公平に実現されるべきものである。従って,性自認による異なる取扱いは基本的には許されないと言うべきである。
     トランスジェンダーを含む性的マイノリティに対する差別は後をたたないが,その根本的な要因を分析するとともに,その要因を可及的に取り除いていかなければならない。又,差別は必ずしも意図的に行われるだけでなく,無理解や無関心から結果的に差別的取扱いがなされるということも多いため(性的マイノリティへの差別はこの典型である。),包括的な差別を禁止する法律を制定し,政治家や国民の意識を変えていかなければならない。性的マイノリティに特化した法制定に関しても,差別禁止を強調すれば意図しない影響を社会に与える可能性があるといった意見,あるいは,法文に性自認と書くと「その時だけ女」が女性用トイレや女湯に入ってくるといった意見が出されるなど,差別の問題について深刻かつ真剣に取り扱われていないという実感を抱かざるを得ない。差別は,自ら信じた価値観がステレオタイプとして絶対的なものであると確信し,これに反するものや異なるものに対し,ある時は蔑み,ある時は恐怖を抱き,ある時は排斥して,これが扇動され拡散されていくものである。そうした差別の本質やその弊害を真摯に考え,真の意味で個人が等しく尊重される社会を構築していかなければならない。
     もとより,日本の法制度は,戸籍を含め,出生の時に付与された性別(生物学的性別)に従って形成されているが,生物学的性に従った男女二元論という既定概念だけを認め,これに価値を割り振ってきた現行制度のあり方についても,改めて見直す必要がある。
     このような観点から,トランスジェンダーを取り巻く様々な社会(法)制度について検討した結果,以下の通り,改善や改革を図るべきであるとの考えに至ったものである。
  3. 3(1) 法律上の性別変更の問題
  4.   ア 現行法体系では,法律上の性別については,戸籍上の性別を規準として各種の取扱いがなされている。トランスジェンダーの戸籍上の性別変更については,平成16年に特例法が施行され,これに従って性別変更がなされるようになった。しかしながら,特例法の要件を満たすことができずに戸籍上の性別変更ができないでいるトランスジェンダーが多数おり,自認する性別で日常生活を送ったり活動したりすることにつき困難な状態が続いている。
  5.   イ トランスジェンダーが戸籍上の性別を変更する要件に関しては,特例法では,生物学的には性別が明らかであるにも係わらず,心理的には別の性別であるとの持続的な確信を持ち,かつ自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって,専門的な知見を有する2名以上の医師により一致した診断を得ていることが必要であるとしている(2条)。その上で,①成人に達していること,②現に婚姻していないこと,③現に子(未成年子)がいないこと,④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状況にあること,⑤他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること,といった要件を課している(3条1項)。
  6.   ウ 戸籍における「法律上の性」に関しては,性自認の権利が人格の根幹を形成し,人生において自己実現をはかる上で重要なものであることを考えると,(生まれた当初は生物学的性別に従うにしても)性自認を確信し自己決定能力を有するに至った後は,自認する性を規準として考えるべきである。すなわち,性別の変更とは,自己の性自認に合致したあるべき法律上の性別に変更する権利に基づく行為であると捉える必要がある。
     もとより,少なくとも,特例法が,性同一性障害は精神疾患であるという考え方に依拠するものであり,生物学的性別こそが本来の性別であるとの考え方によって極めて厳格な要件を定めていることに鑑みるならば,そもそも,上記のような要件は不要であると言わなければならない。
  7.   エ 又,夫々の要件について個別に検討した場合,性自認に関し客観性を担保するために,専門の医師等による所見が必要であるということは許容され得るにしても,①の年齢要件に関しては,15歳に達していれば大半のトランスジェンダーは性別違和を確信的に感じるに至っており,性別変更の自己決定の意思も確定的に有していることが多く,就学や就労の場において社会参加の過程で可及的に心理的負担を減らす必要もあること等から,15歳以上であれば親の同意なく性別変更がなされるよう積極的に検討されるべきである。
     ④の生殖腺要件に関しては,生殖腺を除去するということは苛酷かつ非人道的な身体侵襲を伴うものであり,これを受け入れられない者にとっては人権侵害が著しいものであるし,身体疾患などの理由で手術を受けられない者にとっては不当な制約となる。又,生殖腺を除去すれば,自らの子をもつことは不可能になるから,家族を維持形成する権利も侵害される。
     ⑤の外観近似要件に関しても,入浴施設等における混乱防止のためと言われているが,仮に混乱があり得るとしても,その防止の手段としては各施設が個別に判断し条件を設定すれば足りるし,一律に身体に対する多大な侵襲と多額な医療費を必要とする手術を強いるのは,手段として均衡を失するものである。
     ②の非婚要件に関しても,すでに結婚している夫婦を離婚に追い込むおそれがあるものであるし,一定の家族観を強要するという意味で家族形成に関する自由を侵害するものと言わざるを得ない。
     ③の子なし要件に関しても,婚姻は男女間のみのもので,婚姻した男女間の女性である妻が男性である夫の子どもを懐胎し出産するといった家族(家庭)秩序を念頭に置くものであるが,社会の実態として家族のあり方は多様化しているのが実情である。又,すでに性別移行をしているトランスジェンダーである親と子は,実際には親子として問題なく生活しているのであって,それにも係わらず,旧来の家族秩序を維持しようとすることは,真の意味での親と子の福祉や利益に思いを寄せるものとは言えない。
     そもそも特例法は,性同一性障害を「精神疾患である」患者に対するケアとして,その治療モデルを前提に立法化されたものであるが,米国精神医学会作成の診断基準であるDSM-5においては「性同一性障害」という疾患名はなくなり,世界保健機関作成のICD-11においても精神障害の分類から外れ,現在では病理的事象として捉えない脱病理化の流れが強まっているのであって,法律においても,旧来の治療モデルに沿った患者に対するケアとしてではなく,尊厳ある個人の権利保障を基盤として考えるべきである。
  8.   オ よって,性自認の権利を基礎として戸籍上の性別変更をより容易にする新たな法制度(性別記載の変更手続に関する一元的法律を策定するか戸籍法を改正して性別変更手続を編入させる。)が作られなければならないと考える。
  9.  (2) 性別表記・性別欄の問題
  10.   ア 性別欄は,社会生活において各種の書類や証明書にしばしば見られるが,トランスジェンダーに対し,自認する性と異なる性別の記入を強要することや,戸籍上の性別あるいは自認する性の暴露やカミングアウトの強要にも繋がり,トランスジェンダーの人権を著しく侵害するものである。しかも,その大半は重要な意味や目的を有するものではなく,単なる個人の特定のための慣習として利用されてきているものが多い。必要性や合理性に乏しい不要な性別欄は速やかに撤廃されるべきである。
  11.   イ その中でも,履歴書の性別欄に関しては,日本規格協会が様式例を削除し,厚生労働省がトランスジェンダーの要望も踏まえ,性別欄に男女の選択肢を設けず記載を任意とする様式例を示すに至っているところ,就職活動に当たり男女の別を殊更明確にする必要は認められないと言わなければならない。
  12.   ウ 又,健康保険証上の氏名及び性別欄に関しては,国民健康保険被保険者証・健康保険被保険者証について,被保険者の申し出により,表面には氏名として通称名を記載し,性別欄は「裏面記載」「裏面参照」との文字を印字し,裏面に戸籍上の氏名及び性別を記載するという取扱いが広がってきてはいるが,それでも尚,医療機関に戸籍上の性別が明らかになってしまうといった弊害は除去されていない(医療において,患者の性別によってなすべき診療の内容が変わるのは特定の疾病に限られているし,診療にあたって身体的性別についての情報が必要であれば,個別に尋ねれば足りることである。)。その結果,トランスジェンダーの医療を受ける機会を奪っているという実情が認められるのであって,その権利を著しく侵害するものであるから,早期の改善(特に性別記載方法の撤廃)が求められる。
     マイナンバーカードの性別欄に関しては,現在法律上の要件として同欄が設けられているが,必要性も合理性も全く認められない。マイナンバーカードについては,健康保険証との一体化が進行しており,又,運転免許証(現在性別欄がない身分証明書として広く利用)とも将来一体化される可能性が高いことを考慮すれば一層,性別欄は速やかに廃止されるべきである。
  13.   エ 尚,日本弁護士連合会は,弁護士登録に当たって性別の届出を求めており(但し,個別の許可を得ることで自認する性での届出を認めたり,対外的な弁護士検索などで表示される性別については戸籍上と異なる性別で表示している場合がある。),各単位会においても,入会申込書に性別欄を設けている所は少なくない。のみならず,法律相談カードやシンポジウム等のアンケート用紙に漫然と性別欄を設け,一般市民にまで性別を申告させている場合がしばしば見受けられるが,近時の性別欄をめぐる社会状況は急速に変化しているのに,弁護士会はその流れに追いついていないと言わざるを得ない。
  14.  (3) 医療の問題
       医療分野でのトランスジェンダーの困難さは広範囲に及ぶ。
  15.   ア 例えば医療を受けたいと思っても,医療機関においてトランスジェンダーへの配慮が全くなされていない場合,当事者が医療機関への通院そのものを止めてしまうことがある。配慮不足が生じる原因は,医療関係者にトランスジェンダーに関する知識が全くないことにある。当事者の受診控えは,当事者の生命・身体を害する事態となるから極めて深刻な問題である。そのため,医療関係者において,トランスジェンダーに関する知識の習得及び医療実践においての配慮・工夫(例えば,診察券や問診票の性別欄や名前の記載方法,受診の際の呼出方法,待合室やトイレの工夫,診察や看護の接し方等について)をすることが強く望まれる。
  16.   イ 又,当事者の中には,生命と生活の質(Quality Of Life)の維持・向上のため,性別違和・性別不合に係る医療を必要とする者もいる。
     ところが,公的医療保険に関しては,性別適合手術及び乳房切除術は平成30年診療報酬改定によりようやく保険適用となったが,ホルモン療法(二次性徴抑制療法としてのホルモン療法を含む。以下同じ。)はいまだ保険適用外(自由診療)の扱いである。のみならず,単独であれば保険適用される①性別適合手術,②乳房切除術及び③特例法により性別取扱いを変更した者に対する変更後の性別の性ホルモンを投与する療法についても,自由診療であるホルモン療法との混合診療と見て「混合診療保険給付外原則」を適用し,全体を保険給付外とする扱いがなされている。
     こうした現状は,当事者にとっては極めて大きな経済的負担であり,実際に高額の医療費を捻出しようとして過重労働に駆り立てられる者もいる。経済的理由で性別適合手術を断念させられれば,現行法の下では戸籍上の性別変更ができず,社会生活上様々な苦痛を受け続け,パートナーとの戸籍上の性別が同じ場合,婚姻もできない。又,保険適用が制限される現状は,性別違和・性別不合に係る国内医療の普及・充実の足枷になっているとも言われている。従って,少なくとも,他の効能・効果について薬事承認を得ているホルモン製剤であって,性同一性障害に対するホルモン療法において一定程度の有効性と安全性が確認できる製剤によるものについては,保険適用を認めるべきである。
     又,前記①乃至③への混合診療保険給付外原則の適用は,①乃至③が,本来は保険給付を受けられる療法であるにも係わらず,自由診療たるホルモン療法との併用ゆえにその給付を受ける権利を否定することを意味する。これは,性別適合手術及び乳房切除術の保険適用にあたり遵守が条件とされる「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」(日本精神神経学会)において,ホルモン療法を①乃至③に先行・併用する例が数多あることを前提としていることに照らしても,極めて不合理である。よって,前記①乃至③については,混合診療保険給付外原則の例外として扱うべきである。
  17.  (4) トイレについて
    1.      自らの性自認に基づいた性別で社会(日常)生活を送ることは,法律上保護された基本的な権利である。トイレの利用は,社会生活上,必要不可欠なものであり,自らの性自認に基づいて利用できなければならない。しかしながら,日本社会において,多くの場所では男女別のトイレのみが設置されており,そのような状況が,性自認に基づくトイレの利用を阻害している。その度に苦痛を感じている人たちがいることを,私たちは理解する必要がある。
       又,トイレについては,公共施設では国や地方自治体が,オフィスビルなどでは民間企業が,その設置管理者となっている。国や地方自治体,民間企業においては,トイレの設置管理者として,性自認に基づくトイレの利用が法律上保護された権利であることを自明のものとすべきであり,合理的な理由なく,その利用を制限してはならない。そして,現状において,性自認に基づくトイレの利用を阻害している要因があるのであれば,トイレ設置管理者は,その障壁を除去すべく,トイレ利用の便宜や設置の改善等を積極的に行うべきである。その際,同改善等について,既に実施されている性自認に基づいたトイレの利用をしやすい取組事例を参考に,具体的な状況の下で実現可能な施策等に取り組むべきである。
  18.  (5) 子どもたち(学生)の問題
  19.   ア 性別違和というものは,幼児期から始まっていることも多いが,トランスジェンダー児童が学校等での生活に対応できる環境整備は未だに十分にとられておらず,教職員や保護者にも性的マイノリティや性の多様性についての基本的な知識が不十分なため,トランスジェンダー児童に対する支援もしっかりとなされてはいない。更に,児童全般にわたって,性自認等に対する十分な情報が行き渡っていないため,誤解に伴う差別やいじめも横行している。
     日本国憲法は,教育における平等を重ねて規定しており(憲法14条・26条),性別による不合理な区別は許されないものであるにも係わらず,学校教育においては,あまりにも多くの性別による区分が残されている。このため,学校自体が生物学的性に基づく性別分化を一層押し進める機能を有しており,この中で,トランスジェンダー児童においては,深刻なジェンダー葛藤が生じているのであって,自死や自傷に及ぶ子どもも少なくない。
  20.   イ トランスジェンダー児童のこうした葛藤を軽減するためには,児童に対し性自認の問題について十分な情報を与え,これら児童を支えていかなければならない教職員や親(保護者)を支援する体制を作ることが重要である。具体的には,教職員や親に対する情報提供だけでなく,実際に性的マイノリティの児童・生徒への支援をすることとなった際の支援体制を,外部の機関と協力するなどして構築すると共に,日常生活や学校生活・進路選択に支障がないような教育環境の改善(服装・髪型・更衣室やトイレ等の施設,呼称の工夫,授業や部活動のあり方,修学旅行等多岐に及ぶが)や取組をしていかなければならない。
  21.   ウ 児童養護施設に関しては,厚生労働省において,性的マイノリティの子どもに対するきめ細かな対応を実施するよう通知がなされたのが平成29年8月であり,未だ対応について模索している状況にある。児童養護施設において最も問題とされている点は,性的マイノリティに関する職員の知識・理解不足である。そのため,当事者の児童が自らトランスジェンダーである等の申告ができず,本来適切な時期に受けるべきホルモン療法等の開始の契機を喪失していることも指摘されている。又,子どもたち特有の問題としては,同施設には発達障害等により否定的評価を受けたり虐待により自己肯定感が低くなっている子どもたちが多数おり,その中で性的マイノリティの子どもとの区別や子どもたちの中での人間関係の形成の難しさが指摘されていて,同施設での対応は正に困難を極めているといっても過言ではない。
  22.   エ 大学においては,性自認に基づく自己決定権的側面が一層求められるが,実際には,トランスジェンダーの問題に対して効果的な取組をしている大学は少ない。学籍簿の氏名や性別記載の変更,健康診断の個別受診,オールジェンダートイレの設置等高度な研究教育を実現し得る進んだ環境整備が求められるし,相談支援センターやコミュニケーション・交流が十分図り得る場を積極的に設けること等も求められている。更に,女子大学においては,トランスジェンダー女性の入学を認める学校が現れているが,一人ひとりがその個性と能力を十分に発揮し,「多様な女性」があらゆる分野に参画し重要な役割を果たして活躍できる社会の実現に向け,多くの女子大学においても,自己の性自認に従って勉学ができる門戸を積極的に開いていく必要がある。
  23.  (6) 労働の問題
  24.   ア トランスジェンダーが労働現場で差別されているケースは多い。これらの差別や権利侵害は,募集・採用時に始まり,職場の様々な場面で起きているのであり,採用後のハラスメントや営業目的による配転の強要,トイレの使用などの就労環境,服装・化粧といった労働者の個性のあり方,転勤や解雇等に至るまで,幅広い問題が生じている。又,職場においてトランスジェンダーが対応を求める場合には,カミングアウトが必要となるが,その場合の情報管理に不備があれば,アウティングとなり,トランスジェンダーの就労環境を更に悪化させ,退職,自死といった深刻な事態を招来することもある。
  25.   イ そもそも,職場において必要なのは業務を遂行するための能力であり,そこに性自認が考慮されるべきではないし,性自認による差別は絶対に許されない。使用者は,トランスジェンダー労働者がストレスなく,その能力をいかんなく発揮し業績に貢献してもらうために何をすればよいか,という観点より,企業規模や設備等に応じて可能な範囲で,トランスジェンダーにとって働きやすい職場環境の整備を促進していくことが求められる。
  26.   ウ 又,こうした就労環境の整備を促進するためには,使用者が十分な知識を持つとともに,現場の個々の従業員の理解や協力が不可欠である。そのためには,教育や啓発,職場で性別を殊更に意識させない取組,職場内ネットワークの形成,相談対応等幅広く対策を考えていく必要がある。
  27.  (7) 刑事収容施設の問題
  28.   ア 刑事収容施設におけるトランスジェンダーの処遇に関しては,同施設であっても性自認に従った人権が認められなければならないことは言うまでもない。自由刑の目的は,犯罪から社会を守るとともに,更生・社会復帰により再犯を減少させることにある。このため刑事収容施設(運営者)は,被収容者に適切かつ利用しうる様々な形態の支援や援助をなすべきである。又,被収容者を人種,信条,性別,性的指向などによってのみならず,性自認によって差別してはならず,こうした非差別原則が実践されなければならない。
     ところが,刑事収容施設の特殊性(秩序維持を図る必要性や閉鎖性)が必要以上に強調され,被収容者の処遇が画一的になる中で,トランスジェンダー被収容者は取り残されており,自認する性やこれに基づく人権にまで配慮された取扱いがなされていないことに留意する必要がある。
     特に問題とされる点は,収容区分・居室・身体検査・運動・調髪・入浴時の処遇・衣服や自弁品・ホルモン療法や性別適合手術等の医療的行為である。
  29.   イ 被収容者は,性別に従って分離して収容されるべきものであり,男性と女性は,分離された施設又は区域に収容されている。現状では,性別の区分は,原則として戸籍上の性別を前提にしているが,被収容者にとっても性自認に沿った取扱いを求める権利が保障されている以上,その被収容者が望む限り,同意思を尊重して,性自認のとおりの性別によって収容されるべきである。
     居室に関しては,本人が希望する以上,性自認と異なる施設に収容する時には,居室は単独室とし,夜間は居室で過ごせるようにすべきである。現状では,室内に監視カメラの設置されている居室への収容や昼夜の居室処遇をすることもあるが,プライバシー権を著しく制約したり,あるいは人との接触を絶つという処遇を強要することになるならば,問題であると言わざるを得ない。居室にカメラを設置することや昼夜の居室処遇に関しては,本人の希望を尊重するとともに,その必要性は厳格に判断されなければならない。
     なお,昼夜居室処遇の名の下に実質的に隔離することについては,法律の規定に基づかない不利益処遇として許されない。隔離については,他の被収容者から危害を加えられるおそれがあり,これを避けるために他に方法がない時に,所定の手続を経て限定的に認められているに過ぎないからである。
  30.   ウ 次に,日常生活に関しては,調髪については,特にトランスジェンダー女性において男子被収容者に準じる著しい制約が付されているが,性自認の権利の重要性に鑑みれば,シスジェンダー女性と同様の髪型までは許容すべきである。入浴においても,トランスジェンダー男性の場合は原則女子職員が対応し,トランスジェンダー女性の場合も外見変更に至らない限り原則男性職員の対応とされているが,刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則25条2項の趣旨に従い,羞恥心を害することがないよう,立会の工夫や入浴施設での適正な措置をするといった改善が求められる。衣服等に関しても,戸籍上の性別に従って画一的な措置が採られていることが多いが,制限の必要性に乏しいので,性自認に従った衣服等の購入や使用が認められるべきである。身体検査や運動についても,トランスジェンダー被収容者本人の希望を十分に考慮した対応が採られるべきである。
  31.   エ 更に,医療的行為に関しては,ホルモン療法については,性別違和・性別不合のある者に対しては性に関する健康のために必要な医療上の措置として,専門的知識と経験のある認定医の判断に従って,積極的に受けられるようにすべきである。又,性別適合手術についても,医学上確立した治療行為であり,社会一般の保健衛生及び医療水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置に含まれると解されるので,長期の被収容者を中心に,専門的な同認定医の判断を尊重しつつ受けられる体制を構築すべきである。
  32. 4 以上の通り,各場面ごとに問題となる点を検証し,解決の方策を検討した結果,前記の提言を行わなければならないという見解に達したものである。
     関東弁護士会連合会は,この提言が画餅とならないように,各団体に積極的に働きかけを行うとともに,トランスジェンダーの人権保障と差別の撤廃のため,この問題に対し主体的に取り組む必要がある。又,当連合会管内弁護士会の会員である弁護士は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とするものであることから,提言の速やかな実現に向けて,あらゆる活動を通して,法律専門家としての役割を果たすことを誓うものである。
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