当連合会は、2016年(平成28年)3月23日に、「災害対策を理由とする国家緊急権の創設に反対する理事長声明」を公表し、2020年(令和2年)9月25日には、新型コロナウイルス感染拡大の経験を経た今日においても、緊急事態条項(国家緊急権)を創設しなければならない必要性はなく、むしろ緊急事態条項(国家緊急権)は立憲主義の理念と相容れず、常に権力濫用の危険があり、特に軍事的な非常事態において、この緊急事態条項(国家緊急権)が一旦発動、濫用された場合には、憲法が保障する人権は、広範囲に深刻な侵害を受けることになることを理由に、日本国憲法に緊急事態条項(国家緊急権)を創設することに改めて反対する旨の定期大会決議を行った。しかしながら、近時、衆参各議院の憲法審査会において、あらためて憲法改正により緊急事態条項を創設することや、衆議院議員の任期延長を検討すべきとの議論がなされている。
まず、新型コロナウイルス感染症対策を理由として、憲法に緊急事態条項を創設する必要は全くない。上記声明と大会決議でも指摘したところであるが、災害対策ないしは災害復興の場面において最も重要なことは、「事前に準備していないことはできない」とのスタンスのもと、事前の準備として、平常時から個別法を制定して対処することである。新型コロナウイルス感染症の感染拡大についても、検疫法や感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律での対処が基本である。新型インフルエンザ等対策特別措置法は、医療関係者に対するコロナ病床の受け入れや、都道府県知事に対する臨時の医療施設の設置に関する規定を設けている。そのため、今般、医療逼迫の事態が生じていたとすれば、法律や憲法の不備ではなく、既存の法律を適時適切に運用していなかったことが主たる原因の一つである。新型コロナウイルス感染症対策のために、憲法に緊急事態条項を創設することは、政府の権力濫用の危険性と人権侵害の可能性を生じさせる上、前述のとおり、既存の法律で十分に問題への対処が可能であった以上、緊急事態条項創設の根拠理由となる立法事実自体が全く存在しないと言わざるを得ない。
次に、衆議院議員の任期満了時に衆議院議員の任期延長を認めるべきだという議論も行われているが、議会制民主主義における選挙という不可欠な制度の例外を認めることになり、極めて慎重に検討すべきである。大会決議でも指摘したとおり、現行憲法には、衆議院が解散されたときの参議院の緊急集会という民主的コントロールを担保する制度があり(憲法第54条)、大震災等で投票の実施が不可能となった場合であれば、繰延投票制度(公職選挙法第57条)が用意されており、投票の実施が可能となった段階で、選挙を実施し、議員を補充すれば足りる。そもそも過去に衆議院議員選挙を行えないまま衆議院議員の任期満了が経過してしまった事例はなく、任期満了時に大災害があった場合への対応が求められるという立法事実は存在しない。むしろ、大規模災害が発生した場合であっても避難者が避難先の市町村の選挙管理委員会に出向いて投票を行うことができる制度を創設するとともに、郵便投票制度の要件を緩和するなど、大規模災害発生時においても選挙を実施できる制度に改めるべきであるし、これにより大規模災害時においても民主的統制が十分に図られなければならない。また、このことは、コロナ禍という広義の災害下においても同様である。
よって、当連合会は、濫用のおそれの強い緊急事態条項の創設と、選挙という議会制民主主義において不可欠な制度への大きな制約となる衆議院議員の任期延長にかかる憲法改正に反対する。
2022年(令和4年)7月7日
関東弁護士会連合会
理事長 若 林 茂 雄