関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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2022年度(令和4年度) 声明

裁判所速記官の養成再開を求める理事長声明

  1. 1 裁判手続における当事者その他関係人の尋問及び陳述を、詳細かつ正確に録取するためには、速記を利用することが不可欠である。
     特に、 証人等の尋問について、交互尋問方式が採用され、証拠に関する規定も厳格である現行手続法のもとにあっては、発問の形式、内容等について、一定のルールを設定せざるを得ず(民訴規則第113条以下、刑訴規則第199条の2以下)、質問及び応答は、形式、内容の詳細な点に至るまで当事者の異議の対象となり、また、上級審における判断の対象となり得る。したがって、その質問応答は、できる限り詳細かつ正確に記録しておく必要があるのであり、この観点から、速記の制度的な採用が必須のものということができる。そこで、このような要請に応ずるため、裁判所法第60条の2第1項は、各裁判所に裁判所速記官の設置を定めたのである。
     また、憲法は、適正な刑事裁判手続を保障し(第31条) 、刑事被告人の迅速な裁判(第37条第1項)を要請し、法律も、刑事手続の適正性、迅速性を(刑事訴訟法第1条)、民事手続においても、公正かつ迅速に行うことを要請している(民事訴訟法第2条)。加えて「裁判の迅速化に関する法律」第2条は、裁判の迅速化を要請するとともに、裁判手続が公正かつ適正に実施されることを確保することを要請している。裁判所速記官制度は、速記による速記録の作成を行うものであり、裁判の迅遠化にも資するものである。
  2. 2 ところが、最高裁判所は、1997年(平成9年)における最高裁判所裁判官会議において裁判所速記官の養成を停止することを決定し、 1998年(平成10年)度から速記官の養成を停止した。そのため、速記官の人数は、1997年(平成9年)の825人から、現在では151人と約5分の1まで減らされてしまった。また、速記官が配置された庁を1997年(平成9年)と比較すると、高等裁判所は8庁全てに配置されていたものが現在はゼロとなってしまい、地裁本庁では50庁に配置されていたところ現在は32庁に減少し、地裁支部では19庁からわずか3庁に減少してしまった。 このような裁判所速記官の養成停止は、速記官の減少を招来しており、憲法及び上記法律の趣旨に悖るものといわざるを得ない。
  3. 3 最高裁判所は、裁判所速記官による調書等の作成に代えて、質問及び応答を録音し、民間の業者に反訳を委託する方式を採用した。しかし、この「録音反訳方式」は、裁判所速記官による調書の作成に比して日数がかかることに加え、法廷で直接、質問及び応答を聞いていない民間業者が反訳するため、完全な逐語化がなされているか疑義があり、かつ、法律上の用語に精通していないため、誤字・脱字、訂正漏れ、意味不明な箇所が散見されるとの報告がなされている。
     また、反訳を民間業者に委託することについては、情報管理という観点からも、その流出が懸念されるところである。
     さらに、録音反訳方式は、裁判官の恣意的な訂正命令が可能であること、メモリーの紛失や録音事故による作成不能や尋問の一部欠落、反訳不正確などの問題もある。
     他面、裁判所速記官の作成に係る速記録は、電子化した速記機械と反訳ソフトウェアの開発により、質問及び応答を直ちに文字化することができ、速記録の作成も即日に行うことが可能となっている。そして、裁判所速記官は、法律上の用語にも精通し、かつ、法廷での立会いをしているため、速記録の内容は、公正かつ正確ということができる。したがって、迅速、公正かつ適正な裁判手続を行うという憲法、法律の趣旨からして、「録音反訳方式」により質問及び応答を記録することよりも裁判所速記官により速記録を作成することの方がはるかに優れている。また、現在、裁判手続のIT化の検討がすすめられているが、速記官が作成するリアルタイム速記録は、正確性と迅速性を兼ね備え、供述調書の電子化が実現可能である。
     裁判所における質問及び応答を記録する方法として、速記機械によるリアルタイム速記で行うことが世界の主流となっている状況であり、最高裁判所が裁判所速記官の養成を停止したことは、世界の流れに逆行するものである。
  4. 4 ところで、2009年(平成21年)5月から裁判員裁判が実施され、その実施に伴い、最高裁判所は、法廷における証言等を音声により記録・確認する「音声認識システム」を導入した。
     この「音声認識システム」は、機械が音声を認識して逐語化するシステムであるところ、現在のレベルでは音声認識の精度が低いため、誤変換等、文字化が極めて不正確である。2015年(平成27年)4月の衆議院法務委員会で、最高裁は、音声認識システムの認識率が約8割と回答し、当初目標としていた認識率には達していないことを認めている。
     そして、裁判員裁判に併せて導入された音声認識システムは、13年が経過しているが、認識率はほとんど改善されず、遂には、令和6年会計年度中に運用を停止する方針が決定された。
     なお、「音声認識システム」の運用停止後は、ビデオカメラによって裁判員法65条1項に規定される映像及び音声の記録を行い、評議の場で証言内容等を確認する際にはこの記録を利用することとなるとされている。具体的な運用は定かではないが、文字化されていない映像及び音声の記録のみでは、検索性に乏しい等の不便はもとより、証言内容等の確認の正確性も担保できない。
     係る状況において「音声認識システム」及び同システム停止後の映像及び音声の記録の利用のみによる証言内容等の確認に依拠する裁判手続は、公正な審理や評議に疑問を抱かせ、また、適正に事実認定をすることができるかという観点から疑義がある。
     とりわけ裁判員裁判は比較的短期間での審理が予定されるため、各関係者は証言の吟味を早急に行う必要がある。証言者の発言や挙動をリアルタイムで文字記録化していく速記録は、このような裁判員裁判においてはさらに有用性が高まるといえる。音声認識システムが十分に活用できる程度に達せず、運用停止方針となった現時点においては、速記官による記録作成を裁判員裁判で全面採用することが適切であり、まずは裁判員裁判を担っている全ての地方裁判所及びその支部に十分な人数の速記官が配置されるべきである。
  5. 5 以上、裁判手続の迅速、公正かつ適正な実施を図るという憲法、法律の趣旨からすれば、裁判手続における尋問及び証言の録取を、裁判所速記官により速記録を作成して行うことが必要不可欠であり、「録音反訳方式」や「音声認識システム」で調書化又は文字化すること及び映像及び音声の記録の利用のみによる証言内容等の確認は相当ではない。
     先に述べたように、既に速記官の人数は大幅に減っている。現役の速記官が活躍しているうちであれば、現役速記官から後進の速記官に対して知識や技術の伝達を行うことが可能であるが、現役速記官がいなくなった後ではこれも困難になってしまう。当然、後進の速記官を養成するコストも大きくならざるを得ない。
  6. 6 したがって、当連合会は最高裁判所に対し、速やかに裁判所速記官の養成を再開することを強く求める。

 2022年(令和4年)10月18日

関東弁護士会連合会   
理事長 若 林 茂 雄

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