日本弁護士連合会及び最高裁判所に対し、地域司法の基盤整備に関する協議の再開を求める理事長声明
声明の趣旨
日本弁護士連合会及び最高裁判所は、下記の事項につき、地域司法の基盤整備に関する協議を速やかに再開するべきである。
記
- 1 前回の協議で取り残された合議事件取り扱い支部の横浜地裁相模原支部などでの拡大、家庭裁判所調停室不足の解消、待合室の拡大、裁判官の増員などに向けた協議
- 2 労働審判実施支部の拡大に向けた協議
- 3 社会の期待に応える家庭裁判所の充実に向けた協議
声明の理由
第1 はじめに
- 1 前回の協議結果
2014年10月から9回にわたって日本弁護士連合会と最高裁判所は、地域司法の基盤整備に関する協議を行った。その結果、労働審判について、2017年4月から、長野地裁松本支部及び静岡地裁浜松支部に加えて広島地裁福山支部での実施が決まったほか、2016年4月から、松江地家裁出雲支部において裁判官常駐化を実施する、静岡地家裁掛川支部、神戸地家裁柏原支部、高松地家裁観音寺支部、さいたま家裁飯能出張所及び岡山家裁玉島出張所の裁判官てん補回数を増加させるという成果をあげた。また、通常は受付業務のみを行っていた新潟家庭裁判所の4出張所において出張調停が実施されることがあることについて、日本弁護士連合会と最高裁判所が認識を共有するという成果もあった。しかし、合議事件取り扱い支部の横浜地裁相模原支部などでの拡大、家庭裁判所調停室不足の解消、待合室の拡大、裁判官の増員など地域司法の課題は残された。そうした課題を解決するため、当連合会は、2016年3月16日、司法予算の大幅増額を求める理事長声明を発出した。
- 2 その後、6年が経過し、時代が大きく変わった。裁判所予算に裁判手続等のデジタル化関係経費7億1700万円が計上されたのが令和4年(2022年)度予算であったが、令和5年(2023年)度予算の概算要求では、最高裁判所は、同デジタル化関係経費として67億1100万円を計上している。民事裁判のIT化を盛り込んだ民事訴訟法改正法案が本年5月18日に成立し、家事事件や保全、執行事件等のIT化さらには刑事事件のIT化も法制審議会の部会で審議中である。これまで行われてきた司法の実務が大きく変わろうとしている。わが国は、激動の中にあり、このままでは、防衛予算等の増加に比べると司法予算の増加は覚束ない。地域司法の充実が取り残されるのではないかとの危惧を抱かざるをえない。IT化の中で地域司法を後退させず、今よりも利用しやすく頼もしいものとするためには、日本弁護士連合会と最高裁判所が、再度協議を行うことが求められている。
第2 労働審判実施支部の拡大の必要
- 1 前回の協議において長野地裁松本支部、静岡地裁浜松支部、広島地裁福山支部での労働審判実施を決めた2016年(平成28年)度の個別労働紛争の相談件数は、厚生労働省によると25万5460件であった。ところが、2021年(令和3年)度には28万4139件に増えている。特に近年は、コロナ禍で職を失ったり、労働条件を切り下げられたりしても労働局に相談しないケースも多い。統計に表れない個別労働紛争は増えている。
- 2 関弁連管内の弁護士会及び当連合会の活動
関弁連管内の弁護士会においては、労働審判実施に向けて、様々な活動を行ってきた。
- (1)神奈川県弁護士会では、「神奈川の司法10の提案」において、各支部での労働審判実施を求めているところ、とくに、横浜地裁小田原支部での実施について、2021年1月28日、会長声明を発出している。
- (2)群馬弁護士会においては、2019年2月16日付定期総会において、前橋地裁太田支部での労働審判実施を求める決議を採択し、その後、同支部管内の多数の市町村議会において、前橋地裁太田支部での労働審判実施を求める意見書が採択されている。
- (3)静岡県弁護士会においては、2019年11月9日、労働問題セミナーを実施し、市民向けに労働審判制度の説明を行った。また、静岡地裁沼津支部管内の多数の市町議会、及び、静岡県議会において、同支部での労働審判実施を求める意見書が採択されている。
- (4)茨城県弁護士会においては、司法機能の合理的運用を求めて地域司法充実推進委員会を立ち上げ、水戸地裁土浦支部での労働審判実施を求める活動を行っている。
- (5)当連合会が平成18年から開催している小規模支部交流会・支部交流会において、労働審判実施支部の拡大をテーマとして幾度も取り上げているし、長野地裁松本支部管内で行われた第11回弁護士会支部サミットでは、正面から労働審判実施支部の拡大を取り上げた。
- 3 コロナ禍に加えて円安、物価高など不安定な社会情勢の中、個別労働紛争は増加しているし、さらに増加していくおそれがある。個々の労働者と事業主との間の労働関係のトラブルを、その実情に即し、迅速、適正かつ実効的に解決するための手続である労働審判制度の利用を望む声は、ますます高まっており、労働審判を実施する地方裁判所支部をさらに増やすべきである。日本弁護士連合会は、前回の最高裁判所との協議において、10支部での労働審判実施を求めたが、前記支部以外の7支部及びその後、取り組みを始めた前橋地裁太田支部での実施を求めたい。
すでに、当連合会管内の市町村議会において、支部における労働審判実施を求める意見書を採択していることは、裁判所利用者らが、身近な地方裁判所支部での労働審判実施を望んでいることを明らかにしたものである。
その声に応えるためにも、一日も早く、日本弁護士連合会と最高裁判所は、地域司法の運用についての協議を速やかに再開し、労働審判実施支部の拡大に向けた議論をすべきである。
第3 家庭裁判所の充実
- 1 家事事件は全国的に増加傾向にあり、また、離婚に伴う親権者争い、面会交流をめぐる事件等、当事者間の感情対立が激しく解決が困難な事件も増加しているが、家庭裁判所の人的・物的基盤の充実が実現しているとは言い難いのが現状である。
- 2 東京高等裁判所管内においても裁判官や家庭裁判所調査官が常駐していない家庭裁判所支部が少なくない。このような非常駐支部では本庁または他の支部の裁判官または調査官がてん補で対応している。
裁判官非常駐支部では、開廷日が限られているため、次回期日が相当先に指定されたり、開廷日に事件が集中することにより、審理に十分な時間がかけられなかったりする。調査官非常駐支部では、調停期日において調査官立会相当の事件であることが判明しても、調査官の都合がわからず、速やかに調査官立会の日程が入らない等の不都合も生じている。
- 3 また、独立簡易裁判所があるものの、家庭裁判所出張所が併設されていない地域が東京高等裁判所管内においても多く存在する。
このような地域においては、身近に裁判所施設があるにもかかわらず、遠方の裁判所において家事事件の手続きを行わなくてはならず、その裁判所までの移動が利用者にとって負担となっている。
- 4 ところが、最高裁判所は、この間、前記理事長声明にもかかわらず、家庭裁判所の予算を増額するどころか、減額させ続けている。平成31年(2019年)度の家庭事件関係経費は62億8800万円(前年比8300万円減)であったが、令和2年(2020年)度62億1300万円(前年比7500万円減)、令和3年(2021年)度61億7300万円(前年比4000万円減)、令和4年(2022年)度61億1200万円(前年比6100万円減)である。令和5年(2023年)度の概算要求でも、61億1000万円を計上するだけであり、前年比200万円の減である。概算要求は、財務省による削減を予定した時点の最大要求であり、その段階で前年を下回る額しか要求しないと言うことは、最高裁判所が、家庭裁判所の充実に意欲をもっていないことを示している。
- 5 このような予算では、社会の期待に応える家庭裁判所を作ることはできない。一日も早く、日本弁護士連合会と最高裁判所は、地域司法の運用を改善し、充実させるための協議を再開し、社会の期待に応える家庭裁判所の充実に向けた協議を開始すべきである。
第4 地域司法の充実に向けた協議抜きのIT化としないために
- 1 さらに言えば、令和2年度から令和4年度の裁判所予算は連続して減っている。令和2年(2020年)度の裁判所予算は3266億2400万円だったが、令和3年(2021年)度は3253億6800万円(12億5600万円減)、令和4年(2022年)度3228億1400万円(25億5400万円減)である。令和5年(2023年)度概算要求は、3298億1600万円と前年比70億200万円の増額であるが、令和4年(2022年)度概算要求が3317億2000万円であったことからすると、概算要求時点で前年を19億400万円減額している。これでは、年末から年明けにかけての予算作成で、令和4年(2022年)度を下回る裁判所予算となり、裁判所予算が国家予算に占める割合が0.2%台になるおそれが高い。
- 2 令和4年4月14日参議院法務委員会で、最高裁判所は、令和4年度、当初事務官65人の増員要求をしていたが、財務省と意見交換した結果、裁判所の職員を26人減少することに同意したことが明らかとなった。このことは、司法の独立という憲法原則に照らし、問題である。
- 3 デジタル化関係経費が増え、裁判所予算の総額が減額されるとしたら、地域司法の将来は「いささか危機的である」。すでに述べたように、前回の協議は、多くの成果とともに、日本弁護士連合会が労働審判実施を求めたものの否定された7支部での実施、横浜地裁相模原支部など合議事件取り扱い支部の拡大、家庭裁判所調停室不足の解消、待合室の拡大、裁判官の増員など課題を残している。IT化実施が市民の司法制度利用に資する面を有するとしても、IT化を実施すれば上述のような諸課題を放置して良いとは到底言えない。当連合会は、日本弁護士連合会及び最高裁判所に対して、司法制度が、市民にとって、利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのあるものとなり、どの地域の住民であってもあまねく共通の司法サービスを受けることができるような社会となることを目指して、地域司法の充実に向けた協議の再開を求めるものである。
第5 最後に
以上から、日本弁護士連合会及び最高裁判所に対して、下記の事項につき、地域司法の基盤整備に関する協議を速やかに再開されることを求める。
記
- 1 前回の協議で取り残された合議事件取り扱い支部の横浜地裁相模原支部などでの拡大、家庭裁判所調停室不足の解消、待合室の拡大、裁判官の増員などに向けた協議
- 2 労働審判実施支部の拡大に向けた協議
- 3 社会の期待に応える家庭裁判所の充実に向けた協議
2022年(令和4年)11月25日