2022年9月1日付けで、最高裁判所と法務省によって、同年8月31日まで東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)の行政訴訟専門部のひとつの部総括裁判官(裁判長)であった人物を、法務省訟務局長(以下「訟務局長」という。)に就任させる人事が行われた(以下「本件人事」という。)。
裁判官と検察官の間の人事交流、いわゆる「判検交流」について、裁判の公正等に対する批判の声が上がる中、刑事訴訟の分野では2012年に既に廃止されているが、行政訴訟分野では現在まで続いてきてしまった。そして遂に2022年9月に至って、行政部の部総括裁判官が翌日には訟務局長に転任するという究極的な癒着人事が出来してしまったのである。
2011年から2020年までの10年間で、543名以上の判事が検察官に転任した。そのうち訟務検事となった者は182名以上にのぼる一方で、刑事の捜査・公判担当検事に転じた者は誰もいなかった。これは即ち、刑事訴訟の分野では、既に、判検交流が裁判の公正等を害するとの事実が直視された結果である。
しかしながら、行政訴訟の分野では、これまで事態が改善されないどころか悪化の一途を辿ったのである。
これまで、東京地裁行政部の部総括経験者が、他部署への転任を経て訟務局長となった例が、少なくとも2例あり、そのことだけでも裁判所行政部における情報が訟務局に取得されたおそれがあり裁判の公正への信頼の点で問題があった。本件人事は、更に状況をエスカレートさせるものであり、東京地裁の行政部部総括の地位から法務省訟務局長職への直接の転任が行われ、昨日まで裁判長の席に座っていた人物が、今日からは被告席に座る訟務検事らの活動を統括する訟務局長席に座るという究極的な癒着人事が行われてしまったのである。つまり本件人事によって、係属中の行政事件について裁判官合議体が行ってきた評議の内容を訟務局長が知悉しているという、極めて不公正な事態が生じたのである。これは、評議内容を口にすることは勿論、評議内容を踏まえて国側の訴訟活動に関与し得るだけで、裁判所法第75条が定める評議の秘密保持との関係においても問題があることは明らかである。この点につき、法務大臣及び訟務局長に転じた元裁判官らは、参議院法務委員会において、「かつて裁判所において担当していた訴訟に関与しないなどの対応を行っている」「かつて裁判長として担当していた訴訟に関する決裁について官房長を決裁者とするなど…関与しない対応を行っている」(2022年11月17日、同月22日議事録参照)等と説明するが、訟務局を統括する立場になった人間が、昨日まで部総括を務めていた裁判所行政部に係属していた多数の訴訟について関与しないということになると、それは「訟務局長としての職責を果たせない」ということを意味するものであり、今度はそれ自体、訟務局の機能不全という深刻な事態を引き起こすことになる。
そもそも、多数の行政訴訟の係属中に裁判長が突如、訟務局長に異動するが如きは、いわば、サッカーの試合で、前半の主審がハーフタイム後に一方チームの監督になったというものであり、ここに裁判の中立性が音を立てて崩壊していることは明白である。今後も、行政訴訟の原告らは、いつ何時、裁判官席に座る者たちが被告側に異動するか分からない状態で訴訟追行をすることを余儀なくされ、裁判官自身もまた、いつ何時自らが被告側に異動するか知らないまま、日々、裁判官席に座らざるを得ない。逆に、被告側で原告側と鋭く対立しながら訴訟追行してきた訟務検事が、あるいは被告側の訴訟追行の指揮をとっている訟務局長が、今度はいつ、裁判官席に移るかも分からない状況であるとの現実を見せつけられれば、行政訴訟の原告となる者たちは、「裁判の中立性」「公正な裁判」を期待することは諦めよと予め宣告されているも同然である。
このように、いわゆる判検交流は、訴訟当事者(原告となる者)をして、裁判の公正への信頼を失わしめるもの以外の何物でもない。そのため、外形的に「裁判の公正を妨げるべき事情」(民事訴訟法第24条第1項)が生じることに疑いはない。この人事異動のために、原告当事者とその関係者の「裁判の公正への信頼」はもちろんのこと、市民の「司法府への信頼」が瓦解することもまた、明らかである。
実際に、同行政部に行政訴訟の係属していた、若しくは係属中の原告当事者らからは、「裁判手続が不公正だ」「裁判所の手続に不信を覚える」と憤激と悲嘆の声が上がっている。当事者の代理人として訴訟を追行する弁護士の所属する団体としての立場からも、また、法曹の一翼を担うものとしても、かかる人事交流は絶対に許されないと言わざるを得ない。
この国の根幹に「三権分立」は根本原理として屹立しているはずであり、裁判所の独立と裁判の公正は、決して絵空事にしてはならないものであるはずである。殊に行政部においては、本来、公的機関による市民への人権蹂躙が決して起こらないよう監視する役割も担っているはずである。しかるに、今回、最高裁判所は法務省と手を携えて、国を被告とする行政訴訟事件を担当している行政部部総括裁判官を国の行政に関する訴訟の処理に関する事務の統括責任者である訟務局長へ直接異動させる「究極的な判検癒着」を現出させ、市民に大きな不安と不信を与えてしまった。
当連合会は、本件人事案件に関与した最高裁判所事務総局と法務省に対して強く抗議し、同行政部で前裁判長が関与した裁判の評議の秘密が害されないことが保障される措置を求めると共に、裁判所の独立と裁判の公正の確保のため、今後は行政訴訟分野における人事交流についても、廃止することを求める。そして、裁判の公正と司法府への市民の信頼を回復するためにあらゆる助力を惜しまない覚悟である。
2023年(令和5年)2月7日
関東弁護士会連合会
理事長 若 林 茂 雄