宣言・決議・意見書・声明等
2022年度(令和4年度) 意見書
SNS事業者の本人確認義務等に関する意見書
2023年(令和5年)3月23日
関東弁護士会連合会
第1 意見の趣旨
- 1 総務省、消費者庁及び消費者委員会に対し、以下の点につき調査するよう求める。
- ① ソーシャルネットワーキングサービス(以下「SNS」という。)(特に利用者の登録時に本人確認を十分に実施していないもの)が詐欺行為や消費者被害(以下「詐欺行為等」という。)の誘引手段として多用されている実態
- ② SNS事業者による本人確認の実態及びその記録の保管状況
- ③ SNS利用者を特定する情報について、弁護士法第23条の2に基づく照会(以下「弁護士会照会」という。)がなされた場合のSNS事業者の対応状況
- 2 総務省に対し、第1項記載の調査を踏まえ、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための、実効性のある措置を講じるよう求める。
具体的には、SNS事業者における本人確認義務の導入、SNS利用者を特定する情報に関する弁護士照会に対してSNS事業者が適切な対応をするための対策、SNS事業者の適切な本人確認記録の保管義務の導入、消費者からの本人確認記録の開示請求制度及び開示した場合のSNS事業者の責任制限規定の整備等を検討するよう求める。
- 3 消費者庁及び消費者委員会に対し、第1項記載の調査を踏まえ、総務省が第2項記載の実効性ある措置を速やかに講じるよう、総務省に対する適切な働きかけまたは意見表明の実施を検討することを求める。
第2 意見の理由
- 1 はじめに
個人におけるスマートフォン保有の増加に伴い、LINE、Facebook、Twitterなど様々なSNSが登場し、普及した。SNSを利用する個人の数は増加の一途をたどっており、さらに、近年、新型コロナウイルス感染症拡大によって社会のデジタル化が急速に進行したことで、SNSは、現在のデジタル社会において生活に不可欠なコミュニケーションツールとして、生活インフラになっているといえる。
その一方で、SNS事業者による本人確認及びSNS事業者に対する本人確認規制は不十分であると言わざるを得ず、SNSが詐欺行為等に使用される事件が多発し、その多くにおいて被害回復がなされないままとなっている。
本意見書は、このような実態があることを明らかにした上で、今後、各関係機関において、速やかに実態を調査の上、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないために実効性のある措置を講ずる必要がある点について詳述し、もって、上記意見の趣旨の理由を述べるものである。
- 2 SNSが詐欺行為等に多用されている実態
- (1) SNSが関わる消費者被害が多発していること
令和4年度版消費者白書によると、SNS関連の消費生活相談件数は、2017年(平成29年)が15,709件、2018年(平成30年)が18,881件、2019年(令和元年)が25,119件、2020年(令和2年)が40,484件、2021年(令和3年)が50,406件と急増している(同31頁)。2017年(平成29年)と2021年(令和3年)を比較すると、わずか5年間で3倍以上の件数となっている。
SNSに関連する相談としては、①SNSの広告が契機となるケース、②SNSでの勧誘が契機となるケース(SNSでの勧誘が契機となり、情報商材や転売ビジネス、副業、投資などの儲け話を持ち掛けられ、高額な契約をするケースなど)、③SNSで知り合った相手との個人間取引のケース、がみられる。
情報商材全体の消費生活相談件数は、2018年(平成30年)をピークに減少傾向にある。しかし、その一方で、SNSに関連する情報商材の消費生活相談件数は、2018年(平成30年)以降、約3000件で横ばい状態となっている。情報商材に関する事案に対して、消費者庁や国民生活センターでは、注意喚起を実施しているものの [1] 、未だ多くの被害が発生し続けている。
- (2) 特に若者のSNS関連の消費生活相談件数は増加傾向にあること
上述のとおり、SNSに関連する相談は全体として増加傾向にある。特に、若者(15歳~29歳)についての相談件数は増加の一途をたどっている。
若者における上記相談件数は、2017年(平成29年)が5,733件、2018年(平成30年)が6,721件、2019年(令和元年)が9,783件、2020年(令和2年)が12,717件、2021年(令和3年)が13,490件と増加し続けている(令和4年度版消費者白書84頁)。全体の相談件数のうち若者が占める割合は、2017年(平成29年)が約36.5%、2018年(平成30年)が約35.5%、2019年(令和元年)が約38.9%、2020年(令和2年)が約31%、2021年(令和3年)が約26.8%となっており、いずれの年度でも最も高い割合を占めている。2021年(令和3年)に限ってみると、日本における総人口は1億2538万人であり、そのうち若者(15~29歳)は1818万2000人であるから、総人口における若者の比率は約14.5%に過ぎない [2] 。それにもかかわらず、若者におけるSNSに関連した消費者生活相談件数が年齢層別でみると最も多いことから鑑みれば、特に若者がSNSに関連した消費者被害に遭っていることが窺える。
これは、若者のSNS利用率が高く(「消費者意識基本調査」で、「1日にSNSをどのくらい利用しているか」を聞いたところ、10歳代後半、20歳代において「利用している」(「利用していない」と「無回答」を除くその他の回答の合算)と回答した人の割合は9割を超え、また、その利用時間については「3時間以上」と回答する割合が約4割で、若者はSNSを長時間利用していることが分かる(令和4年度版消費者白書56頁))、SNS上で広告に触れたり、SNSを介して人と交流をもったりする機会が他の年齢層と比較して多いことが理由であると考えられる。
2022年(令和4年)4月、民法上の成年年齢が18歳に引き下げられた。今後も、若者の消費者被害は増加し続けることが強く予想される。
- (3) LINEが詐欺行為等に多用されていること
そして、これらの被害のうち、LINE株式会社(以下「LINE社」という。)が提供する「LINE」が詐欺行為等の手段として利用されている事案が非常に多い。最初の入り口としては、ネット上の広告や他のSNS、マッチングアプリなどであったとしても、多くの事案においてLINEでのやりとりへと誘導され、LINE上にて勧誘を受けて、被害に遭うケースが多発している。
LINEの国内月間アクティブユーザー数は2022年(令和4年)12月末時点で月間9400万人に上り [3] 、日本の人口の70%以上とされている。そのため、LINEが詐欺行為等に利用されている事案が多くなるのも当然である。
このことは、LINE社が自身のHP上で公表している捜査機関からの照会に対する情報開示の状況についてのレポートからもみてとれる。すなわち、2016年(平成28年)7-12月から2022年(令和4年)1-6月までのレポートのうち、日本の捜査機関がLINE社に対して行った開示請求の要請件数についてみると、LINEが何らかの犯罪に利用されたと捜査機関が認知した件数が非常に多いことが分かる [4] 。
日本の捜査機関がLINE社に対してした開示請求の要請件数
期間 |
件数 |
2016年7-12月 |
1414 |
2017年1-6月 |
1413 |
2017年7-12月 |
1224 |
2018年1―6月 |
1332 |
2018年7-12月 |
1503 |
2019年1-6月 |
1422 |
2019年7-12月 |
1393 |
2020年1-6月 |
1460 |
2020年7-12月 |
1683 |
2021年1―6月 |
1634 |
2021年7-12月 |
1633 |
2022年1-6月 |
1565 |
さらに、2017年(平成29年)7-12月から2022年(令和4年)1-6月までのレポートによれば、LINE社が捜査機関からの要請に対応した事案のうち、かつて高い割合を占めていた「児童被害」に関連する情報開示請求が占める割合は減少傾向であるのに対し、「金銭被害」の割合は増加傾向であることが分かる。このように、LINE社の公表データからも、LINEが詐欺行為等に利用されている実態が見てとれる。
対応した捜査機関からの要請の内訳(上位3分類)
期間 |
金銭被害 |
児童被害 |
人身被害 |
2017年7-12月 |
25 |
37 |
15 |
2018年1-6月 |
26 |
33 |
18 |
2018年7-12月 |
23 |
38 |
16 |
2019年1―6月 |
23 |
34 |
15 |
2019年7-12月 |
21 |
32 |
19 |
2020年1―6月 |
28 |
27 |
16 |
2020年7-12月 |
36 |
24 |
13 |
2021年1―6月 |
33 |
27 |
13 |
2021年7-12 |
37 |
22 |
12 |
2022年1―6月 |
35 |
21 |
13 |
- (4) 携帯電話等に代わりSNSが犯罪ツールとして用いられるようになっていること
- ア 携帯電話の犯罪ツールの有用性が失われつつあることについて
かつて、振り込め詐欺等の特殊詐欺において、匿名で契約された携帯電話が多用され、多くの被害を生み出していた。これを受けて、携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認及び携帯音声役務の不正な利用の防止に関する法律(以下「携帯電話不正利用防止法」という。)が2006年(平成18年)4月に施行され、携帯電話事業者に契約者の本人確認を身分証明書等の公的な本人確認書類で行うことが義務づけられた。その後も、2008年(平成20年)12月施行の改正により、レンタル携帯電話業者なども規制対象に加えられるなどした。
その後、本人確認義務が存在しなかった電話転送サービスが詐欺行為等のツールとして利用されるようになると、電話転送サービスについても、2013年(平成25年)4月施行の犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯罪収益移転防止法」という。)の改正により、本人確認義務が課せられるようになった。
このように、かつては犯罪ツールであった携帯電話等は、取締法規の整備によって本人確認規制が強化され、匿名性が限りなく失われた結果、犯罪ツールとしての有用性が失われつつある。
実際に、警察庁生活安全局生活経済対策管理官作成の「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について [5] 」「令和3年における生活経済事犯の検挙状況等について [6] 」によれば、生活経済部門が携帯音声通信事業者に対して契約者確認の求め(携帯電話不正利用防止法第8条)を行った件数は、2016年(平成28年)から2021年(令和3年)までの6年間で、約4分の1以下に減少している。
携帯電話の契約者確認の求めを行った件数
2016年 |
2017年 |
2018年 |
2019年 |
2020年 |
2021年 |
7186 |
3394 |
2612 |
1955 |
1823 |
1616 |
- イ SNSが詐欺行為等に利用されつつあることについて
しかし他方で、後に述べるとおり、SNS事業者による本人確認は不十分なままであり、また、SNS事業者に対する本人確認規制も不十分なままである。
実際にも、2017年(平成29年)以降、SNSを利用した検挙事例として、会社役員らによる起業家育成プログラム受講料名目の組織的詐欺等事件(「平成29年における生活経済事犯の検挙状況等について」[7] 8頁)や、エステサロンの元実質的経営者らによるエステ契約に係る詐欺事件(「平成30年における生活経済事犯の検挙状況等について」[8] 8頁)、仮想通貨(暗号資産)投資名下の詐欺事件(「令和元年における生活経済事犯の検挙状況等について」[9] 7頁)、SNSを利用した投資助言に係る金融商品取引法違反事件やSNSを利用したいわゆる090金融による出資法違反等事件(「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について」[10] 6、12頁)、地方公務員らによる連鎖販売取引契約締結の勧誘に係る特商法違反事件(「令和3年における生活経済事犯の検挙状況等について」[11] 9頁)等の報告がなされている。
詐欺行為等に及ぶ者たちは、本人確認規制が強化され匿名性を維持できなくなってしまった携帯電話等よりも、本人確認が不十分でいまだ匿名性を維持できるSNSを犯罪ツールとして用いるようになっていると考えられる。
- 3 SNS事業者に対する本人確認規制が不十分であること
- (1) LINEにおける本人確認が不十分であることについて
まず、既に述べたとおり日本国内で最大規模のSNSであるLINEにおける本人確認の実態について紹介する。
- ア 住所、氏名(実名)、生年月日の登録が不要であること
LINEアカウントの新規登録をする場合、住所、氏名(実名)、生年月日など個人情報の入力は不要であり、公的な本人確認書類による確認も必要ない。また、新規登録の際にアカウントのユーザー名の入力は必要であるものの、これは任意に設定することができるため、実名である必要もない。
- イ 電話番号の入力及びSMS認証では本人確認として不十分であること
2020年(令和2年)4月上旬頃までは、Facebookログインによる新規登録が認められており、LINEの新規登録における電話番号の入力及びSMS(ショートメッセージサービス)による個人認証(以下「SMS認証」という。)は不要であった。
2020年(令和2年)4月上旬頃以降、LINEの新規登録をする場合には、電話番号の入力及びSMS認証が必要となった [12] 。ただし、電話番号の登録及びSMS認証が必要となったのは、2020年(令和2年)4月上旬頃以降の新規登録者のみであり、これ以前にFacebookアカウントを利用してLINEアカウントを登録して利用中の場合は、電話番号の入力及びSMS認証は必要とされていない。
しかし、そもそもSMS認証は、LINEの新規登録希望者が、電話番号に対応した携帯電話を所持していることのみを保証するものに過ぎず、LINEの新規登録希望者と当該携帯電話を所持している契約者の一致まで保証するものではない。例えば、当該携帯電話の所持者が、第三者に対し、その番号及び認証コードを提供すれば、当該第三者は当該携帯電話の所持者ではないにもかかわらず、LINEに新規登録することが可能となる。この点、昨今、いわゆるSMS認証代行業者の存在が問題視されており、サイバーセキュリティ政策会議が、SMS認証代行業者を含む犯罪インフラ提供事業者の摘発強化を提言したり [13] 、警察庁が都道府県警察に対しSMS認証代行を含む犯罪インフラ提供事業者に対する取締りの強化を指示しているなどの現状 [14] が存在している。
さらに、LINEでは、登録された電話番号が他者に表示されることはないため、LINEの利用者は、相手方の電話番号を知ることはできず、相手方が任意的に登録した名前しか知り得ない。
- ウ 小括
このように、LINEの新規登録には、公的な本人確認書類による確認も、住所、氏名(実名)、生年月日の登録すらも不要であり、また、今後新規登録を行うには、電話番号の登録及びSMS認証が必要であるものの、身元を保証する実効性はない。
また、電話番号が登録されたとしても、登録された電話番号が他者に表示されることもないため、自らの身元を秘匿したままLINEを利用することが可能である。
したがって、LINEにおける新規登録の際の本人確認は明らかに不十分である。
- (2) TwitterやFacebook等その他のSNSにおける本人確認も不十分であること
- ア Twitter及びFacebook
新規登録をする際、名前及び生年月日を登録する(Facebookについては性別が加わる。)。また、電話番号またはメールアドレスを入力し、個人の認証を行う。しかし、名前は利用者が任意的に入力することができるため、実名である必要はない。生年月日についても、任意的に入力することができ、公的な本人確認書類の提出も求められないため、事実である必要がない。
さらに、メールアドレスによる登録の場合であっても、そもそもメールアドレスは複数保有することができるため、一人で複数のアカウントを新規登録することすら可能である。
また、登録したメールアドレスが、本人確認を行わなくても必要事項を入力するのみで無料で容易に取得できる、いわゆるフリーメールアドレスであった場合、メールアドレスを把握していても、入力された必要事項が事実である保証はなく、本人確認としては不十分である。
このように、TwitterやFacebookにおける新規登録の際の本人確認も明らかに不十分である。
- イ Instagram
新規登録する際、最初に電話番号またはメールアドレスを入力し、個人の認証を行う。その後、プロフィールの登録において、名前、ユーザーネームなどを入力する。しかし、名前及びユーザーネームは登録希望者が任意的に入力することができるため、実名である必要はない。また、非公開情報として、メールアドレスや電話番号、性別などの個人情報を入力することも可能であるものの、必須ではない。
2019年(令和元年)12月以降、犯罪の防止を目的として、新規登録希望者はアカウントの登録時に、既に登録している利用者はアプリ作動時に、生年月日の入力ないし追加が求められるようになったものの、これらも任意的に入力するのみであり、公的な本人確認書類の提出は求められないため、事実である必要はない。
さらに、メールアドレスによる登録の場合、メールアドレスは複数保有することができるため、一人で複数のアカウントを新規登録することすら可能である。
また、登録したメールアドレスが、本人確認を行わなくても必要事項を入力するのみで無料で容易に取得できる、いわゆるフリーメールアドレスであった場合、メールアドレスを把握していても、入力された必要事項が事実である保証はなく、本人確認としては不十分である。
このように、Instagramにおける新規登録の際の本人確認は不十分である。
- ウ 小括
以上のように、本人確認が不十分である実態は、LINE社のみならず、多くのSNS事業者に共通している。
- (3) SNS事業者に対する本人確認規制が不十分であること
既に述べたとおり、LINE社を含むSNS事業者の多くにおいて、本人確認は不十分である。しかしながら、現在の取締法規上、本人確認義務を課す規制は存在しないと考えられる。
- ア 電気通信事業者
LINE社を含むSNS事業者は、電気通信事業法に規定される電気通信事業者として電気通信事業の届出を行っている。しかしながら、同法上、電気通信事業者に本人確認義務は課されない。
- イ 携帯電話不正利用防止法
携帯電話不正利用防止法は、「携帯音声通信事業者」に対し本人確認義務を課している(同法第3条第1項、第2条第3項)。しかしながら、LINE等のSNSは、携帯電話の無線回線を利用して音声を送受信しているのではなく、インターネット回線によるデータ通信を音声に転換するアプリケーションソフトを利用して音声通話を行う仕組みであるから、「携帯音声通信」には該当しない(同法第2条第1項)。そのため、LINE社は「携帯音声通信事業者」に該当せず、同法に基づく本人確認義務は課されない。
- ウ 犯罪収益移転防止法
犯罪収益移転防止法は、電話受付代行業者や電話転送サービス事業者等を特定事業者として定めている(同法第2条第2項第44号)。そして、犯罪収益移転防止法は、特定事業者に対し、本人特定事項などの取引時確認義務(同法第4条)や取引時確認記録の作成及び保存(同法第6条)、疑わしい取引の届出(同法第8条)を課している。しかしながら、上述のとおり、LINE等のSNSは電話回線を利用しない通話であるため、同法の特定事業者には該当せず本人確認義務は課されないと解されている。
- エ 小括
以上のように、SNS事業者の本人確認が不十分であるのは、そもそもSNS事業者に対する本人確認規制が不十分であることに起因していると考えられる。
- 4 被害の回復が困難であることについて
SNSが詐欺行為等に使用される事案は増加傾向にあり、その被害は速やかに回復されなければならない。それにもかかわらず、SNSを用いた詐欺行為等については、相手方の特定すらできず、被害回復が困難となっている。そこで、以下、SNSのうちLINEが詐欺行為等に使用された事案を想定した上で、被害回復が困難である理由について述べる。
- (1) 詐欺行為等の相手方の利用するLINEのアカウントを特定できる情報が、被害者のLINEメッセージ画面から確認できないこと
詐欺行為等の被害者が、民事訴訟の提起や交渉を行う目的で詐欺行為等に関与した相手方を特定しようとする場合、相手方のLINEのアカウントを特定しうる情報としては、①相手方が登録した電話番号、②相手方のLINE
IDまたは③相手方の名前が考えられる。
しかし、①相手方の登録電話番号や②LINE IDは、被害者のメッセージ画面には表示すらされないため、被害者がそれらを確認することはできない。そもそも、②LINE IDの登録は任意であり、また、相手方のLINE IDを知らずともメッセージのやりとりはできるため、被害者は、相手方のLINE IDの登録の有無すら知らないことが多い。
また、③相手方の名前は、被害者のLINEのメッセージ画面に表示されるが、上述のとおり、この名前は実名である必要はなく、ニックネームでもよいし、名前は随時変更可能な仕様であるから、相手方を特定する情報にはなりえない。
このように、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方を特定する情報を全く得られない事案が非常に多い。そして、このような場合は、被害者が、詐欺行為等に用いられたLINEアカウントについて、LINE社に対し、民事訴訟の提起や交渉を行う目的で、相手方を特定するための情報(電話番号やメールアドレス等)について照会しようとしても、そもそも相手方を特定するための登録電話番号やLINE IDすら情報を持たないことから、LINE社に対し照会を行う手掛かりすら得られず、被害回復ができない結果となる。
例えば、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方について、「タロウ」という名前しか分からないとする。被害者が、LINE社に対して、「タロウ」という者を特定するための情報(電話番号やメールアドレス等)を照会しても、そもそも名前だけでは、LINE社が「タロウ」が誰であるかを特定できない(調査不可能)として、LINE社から報告が得られないのである。
- (2) LINE社が弁護士会照会への報告に消極的な傾向であること
ごくまれに、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方のLINE IDを把握できている場合がある。
しかし、被害者から依頼を受けた弁護士が、LINE社を照会先として、詐欺行為等に関与した相手方を特定するための情報(登録電話番号やメールアドレス等)について弁護士会照会を行ったとしても、LINE社は、弁護士会照会に対する報告に消極的な傾向にあるため、弁護士会照会によっても、相手方を特定する情報を把握できないことがある。
実際にも、当連合会が、当連合会を構成する各単位弁護士会に対し、SNS事業者に対する弁護士会照会の回答結果に関してアンケートを実施した。
しかしながら、本人確認が不十分であることを上述した、LINE、Facebook、Twitterについては、合計158件の照会が行われていたものの、回答がなされたのはわずか16件に過ぎず、その16件についてもいずれも「該当なし」等の消極的な回答であり、現時点で確認できている回答の中では、情報が開示された事例は1件も存在しなかった。
このように、LINE社は、弁護士会照会に対する報告に消極的な傾向にあり、消費者事件・投資被害の解決に取り組む弁護士間の申し合わせによって設立された弁護士によって構成される任意団体である東京投資被害弁護士研究会が2021年(令和3年)8月2日にLINE社に対して、マッチングアプリ経由でのロマンス詐欺被害の加害者の特定及び被害回復のために弁護士会照会に応じることなどを求める申入書 [15] を送付するなどしている。
以上のように、LINE社は弁護士会照会に対する報告に消極的であるため、詐欺行為等に関与した相手方を特定できず、被害回復が図れていない状況である。
- (3) 詐欺行為等に関与した相手方がLINEアカウントを削除することにより、登録電話番号等の情報も削除されること
弁護士会照会に対し、LINE社から報告拒絶の回答書が届いた事案の中には、「データが削除済みで調査不能」という回答も存在した。
LINE社のこのような運用からすれば、詐欺行為等に関与する者らは、被害者から金員を詐取した後にLINEアカウントを削除してしまえば、詐欺行為者らを特定する情報は全く存在しないことになり、詐欺行為者らは容易に逃げおおせてしまうことになる。
そもそも詐欺行為者らは、詐欺行為等の証拠などを残さないように、短期間で連絡手段を変更するなどの証拠隠滅を行うのが一般的であり、詐欺行為等に使用したLINEアカウントをそのまま残しておくはずがない。
そのため、仮に、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方のLINE IDを把握でき、弁護士会照会を行ったとしても、その間に、詐欺行為者らの側でLINEアカウントを削除してしまえば、LINE社から調査不能の回答がなされることになってしまい、結局は被害回復が不可能になってしまう。
こうした仕組みないし運用が維持されるならば、LINEが利用された詐欺行為等の場合は、およそ被害回復できなくなるという極めて深刻な状況となる。
- (4) 弁護士会照会に対する報告を行っても通信の秘密を侵害するおそれはないこと
なお、弁護士会照会に対し、LINE社から報告を行った場合でも、「通信の秘密にあたる」という回答も存在した。
しかしながら、仮に、LINE社が、弁護士会照会に対する報告を行った場合であっても、通信の秘密(憲法第21条第2項後段、電気通信事業法第4条、同法第179条)を侵害することにはならない点について付言する。
まず、総務省の「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(平成29年総務省告示第152号。最終改正平成29年総務省告示第297号)の解説」3-5-1・第15条第1項についての解説部分では、弁護士会照会と通信の秘密との関係について、以下のとおり説明されている。
「原則として照会に応じるべきであるが、電気通信事業者には通信の秘密を保護すべき義務もあることから、通信の秘密に属する事項(通信内容にとどまらず、通信当事者の住所・氏名、発受信場所、通信年月日等通信の構成要素及び通信回数等通信の存在の事実の有無を含む。)について提供することは原則として適当ではない。なお、個々の通信とは無関係の加入者の住所・氏名等は、通信の秘密の保護の対象外であるから、基本的に法律上の照会権限を有する者からの照会に応じることは可能である。」
携帯電話事業者(LINE社のグループ企業であるソフトバンク株式会社を含む)は、通信の秘密を守るべき電気通信事業者であるが、民事訴訟の提起や交渉のため、詐欺行為等に利用される携帯電話の契約者を特定する情報について弁護士会照会がなされた場合、契約者の住所・氏名等を報告したとしても、個々の通信の内容が推知されるものではないことから、通信の秘密の保護の対象外であるとして、報告をしている実績がある。
LINE社に対する弁護士会照会においても、携帯電話事業者に対して弁護士会照会を行う場合と同様、民事訴訟の提起や交渉のため、詐欺行為等に関与する相手方を特定するための情報(登録電話番号やメールアドレス等)の開示を求めるものであり、個々の通信とは無関係であって、報告がなされたとしても、個々の通信の内容が推知されるものではない。
したがって、詐欺行為等に関与する相手方を特定するための情報は、「通信の秘密」には該当せず、LINE社が、弁護士会照会に対する報告を行ったとしても、通信の秘密を侵害するおそれはない。
- 5 結語
- (1) 調査及び実効性ある措置の検討をする必要があること
詐欺行為等を行う者は、被害者と複数回にわたって連絡を取る必要があることから、自らの匿名性を維持できるツールは必要不可欠である。
そのため、かつては匿名で契約された携帯電話や本人確認義務のなかった電話転送サービスを用いるなどしていたが、上述のとおり、携帯電話不正利用防止法の成立・改正や犯罪収益移転防止法の改正により本人確認規制が強化されてしまい、犯罪ツールとしての有用性が失われた。こうして、詐欺行為等に及ぶ者たちは、携帯電話等ではなく、本人確認が不十分で匿名性を維持できるSNSに犯罪ツールとしての有用性を見出し、実際、LINE、Facebookやマッチングアプリなどが詐欺行為等に利用されている。
その結果、SNSの匿名性を悪用した詐欺行為等が多発し、多くの事案において被害回復がなされないままとなっている。
よって、総務省並びに消費者庁及び消費者委員会は、まず、これらの実態があることについて調査をした上で、SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性ある措置を検討されたい。
- (2) 考えられる実効性ある措置について
SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性ある措置としては、以下のような措置が考えられる。
- ア SNS事業者の本人確認義務の導入など
まず、携帯電話や電話転送サービスにおいて本人確認義務を導入したことによって詐欺防止への一定の抑止効果が認められたという実績を踏まえ、SNS登録時(登録済みアカウントにあっては、今後の利用継続時)における本人確認を義務化することが不可欠である。
具体的には、SNS事業者は、利用者の電話番号のみならず氏名・住所・生年月日等を把握するべきである。また、氏名・住所・生年月日は公的な身元確認書類によって確認するべきである。なお、現状、電話番号の登録及びSMS認証が実施されていることが多いが、これだけでは本人確認の手段として不十分であることは既述したとおりである。
この点、取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律では、第3条において、取引デジタルプラットフォーム提供者の義務を定めている。そこでは、取引デジタルプラットフォーム提供者は、①消費者が販売業者等と円滑に連絡できるための措置、②消費者からの苦情に係る事情の調査等、表示の適正確保に必要な措置、③販売業者に対して、所在情報をはじめ、その特定のために必要な情報(身元確認情報)を提供させること、が努力義務として定められている。SNS事業者も広義ではデジタルプラットフォーム提供者といえることから、参考にされるべき規定である。少なくとも、SNS事業者自身による自主規制すらない現状は、早急に改善されるべきである。
- イ 被害者が相手方のアカウントを特定する情報を容易に確認できるようにすること
また、SNSを用いた詐欺行為等を行う者らについて、相手方を特定し、民事訴訟等により法的責任を追及することは、被害救済と被害抑止のために必要な措置であり、そのためには、被害者が、詐欺行為等に関与した相手方のアカウントを特定する情報を容易に確認できる仕様にしなければならない。
例えば、LINEであれば、上述のとおり、被害者は、詐欺行為等に関与した相手方の名前(しかも実名とは限らない。)しか知らず、相手方のLINEのアカウントの特定情報(登録電話番号やLINE IDなど)は全く確認できないことが多い。
そこで、民事訴訟等により法的責任を追及できるようにするために、被害者が、SNSを用いた詐欺行為等を行う者らのアカウントを特定する情報を取得できるような体制を早急に整備するべきである。具体的には、被害者からLINE社に対する通報や、被害者が依頼した弁護士からのLINE社に対する通知に基づき、LINE IDや登録電話番号、それに代わるLINEアカウントを特定しうる情報を開示するなど、相手方特定を可能とするような適切な措置を講ずる必要がある。
- ウ 弁護士会照会に対して適切に報告すべきことを周知徹底させるすこと
また、詐欺行為等に関与した相手方を特定する情報について、弁護士会照会がなされた場合、照会先には報告義務があることを踏まえ(最高裁判所第三小法廷平成28年10月18日判決)、照会先であるSNS事業者は、照会事項に応じて適切に報告しなければならない点を、周知徹底させる必要がある。
- エ SNS事業者の本人確認記録の適切な保管義務の導入
また、詐欺行為等に関与した相手方を特定する情報について、弁護士会照会がなされたとしても、SNS事業者がその情報を早期に削除してしまい、調査不可能として報告が拒絶されてしまえば、同照会の意味がない。
そこで、犯罪収益移転防止法が定めるように、たとえ相手方がSNSのアカウントを削除したとしても、SNS事業者がその相手方の特定情報を直ちに削除することのないよう、本人確認記録の適切な保管義務等を課す必要がある。
- オ 本人確認記録の開示請求の導入
最後に、一定の要件の下で、自己の債権を行使するために、本人確認記録の開示請求ができる制度を整備すべきである。この点、取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律の第5条では、①消費者が自己の債権を行使するために、②販売業者等の氏名又は名称、住所その他権利行使に必要な情報(内閣府令で定められる。)の確認をする必要がある場合に、販売業者等の情報開示請求権を認めている。不正の目的で開示請求をする場合は除かれるため、濫用的な利用に対する対応も可能となっている(第5条第1項ただし書)。
そして、上記のような開示請求の制度を設ける場合には、SNS事業者が本人確認情報等を提供する際に、開示対象者からの損害賠償等をおそれて開示を躊躇することがないよう、SNS事業者の責任制限規定を設けるべきである。この点、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限を定めた、いわゆるプロバイダ責任法が参考にされるべきである。
- (3) SNSを詐欺行為等のツールとして利用させないための実効性ある措置を講じ、安心安全なSNSの利用環境を整えることは、利用者を詐欺行為等の危険性から保護し、被害回復に資するのみならず、危険性のあるSNSから利用者を遠ざけることともなり、健全なSNS事業者の利益にも資するものと考える。
よって、意見の趣旨記載のとおり、各関係機関において、速やかに実態を調査の上、適切な措置を講じていただきたく、本意見書を提出するものである。