関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

宣言・決議・意見書・声明等宣言・決議・意見書・声明等

2023年度(令和5年度) 大会決議

大会決議

えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、刑事再審法の速やかな改正を求める決議

 当連合会は、国に対して、
 1 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
 2 再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化
を含む再審法(刑事訴訟法第4編)の改正を速やかに行うように強く求める。

2023年(令和5年)9月29日

関東弁護士会連合会

提案理由

 身に覚えのない罪で有罪とされ、時に刑務所に収監され、最悪の場合死刑の執行により生命を奪われる、それがえん罪である。
 えん罪は、国家による最大の人権侵害と言われるが、決して他人事ではなく、誰にでも起こり得る悲劇である。
 そして、えん罪が起こるのは、刑事司法を担う裁判官(裁判員)、検察官、そして弁護人が人間だからである。間違いを犯さない人間などこの世に存在せず、人が人を裁く限り、えん罪は必ず起こるのである。
 そうであれば、その間違いが明らかになったときには、迅速にかつ公正、公平な手続きによって無辜の者が救済されなければならず、そのために再審法(刑事訴訟法第4編)が規定されているはずである。
 ところが、現在の再審法は、旧刑事訴訟法由来のわずか19条が置かれているのみであって、えん罪被害者の被害救済や手続保障の実現とはかけ離れたものであると言わざるを得ない。
 とりわけ、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認め、証拠開示請求を請求人の権利として規定していない点は、現行法の最大の問題点であるといえる。

  1. 1 検察官の不服申立ての弊害
     日本の再審手続では、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、それに対する検察官の不服申立てによって、更に審理が長期化し、時には再審開始決定が取り消され、振出しに戻るという事態が繰り返されてきた。そのため、えん罪被害者の救済が長期化し、極めて深刻な状況となっている。
    1. (1)袴田事件
       「袴田事件」は、まさに、現在の再審制度が抱える制度的・構造的な問題が顕著に露呈した事案であると言わざるを得ない。
       同事件は、1966年6月に、旧清水市内の味噌工場経営会社の専務宅で一家4名が殺害され家屋が焼失したという強盗殺人・放火事件であり、その犯人として同年8月に逮捕されたのが、味噌工場の従業員であった袴田巖さん(当時30歳)であった。袴田さんは、逮捕時から無実を訴えていたが、捜査機関により1日平均12時間超にも及ぶ苛烈な取調を受け続け、勾留期限の3日前にして虚偽の自白を強要されるに至った。袴田さんは、公判段階では、再び一貫して無実を訴え続けたものの、1968年9月に静岡地裁で死刑判決を受け、1980年12月には確定死刑囚となった。
       その後、確定死刑囚としての長期の拘禁生活の中、いつ訪れるかも分からない死刑執行の恐怖と戦い続けたであろう袴田さんは、次第に精神面での健康を害するようになり、強固な妄想に囚われるとともに、姉の袴田ひで子さんや弁護団との面会すらも拒否するような状態になってしまっていた。
       2014年3月27日、静岡地方裁判所(村山浩昭裁判長)は、袴田さんの再審開始を決定し、同時に死刑の執行を停止するとともに拘置の執行を停止し、袴田さんは、逮捕から実に約47年ぶりに釈放された。このとき、袴田さんは既に78歳であり、また、精神面に拘禁反応による妄想等の障害を抱える状態であった。
       ところが、この再審開始決定は、検察官の即時抗告を受け、2018年6月11日に東京高等裁判所第8刑事部(大島隆明裁判長)によって取り消され、再審請求が棄却されるに至った。もっとも、弁護人の特別抗告を受けた最高裁判所第三小法廷(林道晴裁判長)は、2020年12月22日、審理不尽を理由として上記の東京高裁決定を取り消し、本事件の審理は東京高裁に差し戻されることになった。しかも、この最高裁決定は、2名の裁判官(林景一裁判官及び宇賀克也裁判官)より、破棄自判して直ちに再審を開始すべき旨の反対意見も付された異例の決定だった。
       その後、東京高裁での差戻審を経て、静岡地裁が袴田さんの再審開始を決定してから9年もの月日が経過した本年3月20日、検察官が特別抗告を断念したとの発表を行い、ようやく袴田さんの再審開始が確定した。
       この様に、袴田事件においては、検察官の不服申立てによって無益な時間が経過し、釈放時78歳だった袴田さんは87歳になってしまった。真の自由が得られないまま、死刑の恐怖によって蝕まれた袴田さんの精神は、元に戻っていない。そして、未だに再審公判も開かれず、袴田さんは今でも「死刑囚」のままである。弟を献身的に支える姉ひで子さんも既に90歳となったが、2人が戦いから解放される日は未だ見えていない。
    2. (2)名張毒ぶどう酒事件
       1961年に三重県内で発生した「名張毒ぶどう酒事件」の元被告人奥西勝さんは、確定審の第1審では無罪判決を受けていた。ところが、この無罪判決は検察官控訴により控訴審で取り消されて、同審で死刑判決が言い渡され、この判決は1972年に確定してしまった。
       その後、奥西さんは再審開始決定を得た(2005年4月5日名古屋高裁決定)にもかかわらず、同決定は検察官による異議申立てによって異議審で取り消されてしまった。なお、名張毒ぶどう酒事件では、この取消決定が最高裁で取り消されたにもかかわらず、結局は、差戻名古屋高裁で再審請求棄却決定がなされそれが確定するという、異常な経過をたどっている。
       そして、奥西さんは、2015年10月に、無念を晴らせないまま医療刑務所で亡くなった。
    3. (3)大崎事件
       1979年に鹿児島県内で発生した「大崎事件」の元被告人原口アヤ子さんは、第1次再審請求において再審開始決定を受け(2002年3月26日鹿児島地裁決定)、また、第3次再審請求においても再び再審開始決定を受けるとともに(2017年6月28日鹿児島地裁決定)、即時抗告審でも再審開始の判断が維持されており(2018年3月12日福岡高裁宮崎支部決定)、実に3度にわたって再審が開始されるべきとの判断を得た。ところが、これらの決定は、いずれも検察官による不服申立てによって上級審で取り消されてしまった。
       最後の取消しは、地裁・高裁が認めた再審開始決定を最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)が職権で取り消すという、裁判史上例を見ない驚くべきものであった。
       「無実の罪を晴らすために生きてきた」という原口さんは、既に96歳となり、今では言葉を発することも難しい状態である。それでも、原口さんは、再審開始を勝ち取るための戦いを余儀なくされている。
    4. (4)小括
       忘れてならないのは、上記3つの事例は、数多くあるえん罪事件のほんの一部であり、氷山の一角ということである。これ以外にも後述する日野町事件、布川事件等、検察官の不服申立てに苦しめられた事例を挙げれば際限がない。
       検察官の不服申立てが、えん罪被害者にどれだけ残酷な仕打ちをしているのか、我々は知らなければならない。
       再審は、えん罪被害者を救済するための「最終手段」であり、無実を訴える者の人権保障のためにのみ存在する制度である。また、再審請求手続を経て再審公判手続を開始する二段階の手続とされている。しかも、再審開始のためには、新証拠により無罪を言い渡すこと等が明らかなことが要件とされている。そうであれば、再審請求手続において検察官の不服申立権を認めず直ちに再審公判に移行して審理をすることは上記制度の目的により合致することになるし、えん罪被害者の速やかな救済のためには是非とも必要である。
       袴田さんを含め、多くの再審事件において、一度は再審開始決定を得た者たちが、きわめて長期にわたって再審公判を迎えることすらできないまま、深刻なえん罪被害からの救済を得ることができない状況に置かれ続け、時には、死亡等によってその機会を永遠に奪われる現状は、人権保障の観点から、絶対に看過することができない。
       そして、このえん罪被害者の後ろには、より多くの被害者がいる。袴田さん、奥西さん、原口さんにも愛する子供がおり、また、長きにわたって本人を支えた親、兄弟がいたのである。えん罪はこうした関係者をも不幸のどん底に突き落とすものであり、検察官の不服申立ては、国家権力の誤りに蓋をし、えん罪被害者らの最低限の被害回復をも阻む、悪しき制度そのものなのである。
       したがって、再審請求手続の無用な長期化を防ぎ、えん罪被害者の迅速な救済を実現するため、また、刑事司法の理念を「建前」ではなく、真の理念とするためにも、再審開始決定に対する検察官による不服申立ては、速やかに禁止されるべきである。
  2. 2 証拠開示の必要性
    1. (1)通常審との対比
       通常審での証拠開示については、既に、類型証拠開示や主張関連証拠開示が制度化され、さらに証拠の一覧表の交付制度が新設されており、全面的証拠開示には及ばないものの、一定の制度化が進んでいる。
       しかし、再審請求手続での証拠開示については、今なお何らの規定も存在せず、専ら裁判所の裁量的な訴訟指揮に委ねられている実情にある。そして、証拠開示に関する基準や手続が明確でないため、それぞれの裁判体によって、証拠開示に関して何の判断も示さない場合から、証拠リストの開示要請、証拠開示の勧告、さらには証拠開示命令に至るまで、その対応は区々であった。
       とりわけ、近年に再審開始決定が得られた事件の多くでは、再審請求手続中に新たに開示された証拠が再審開始の判断に強い影響を及ぼしており、再審請求手続における証拠開示の重要性は、明白なものとなっている。
    2. (2)袴田事件における証拠開示
       袴田事件では、1981年に第1次再審請求が申立てられ、2008年3月の最高裁決定まで実に27年弱もの審理期間を経たにもかかわらず、ほとんど全くと言ってよい程に証拠開示はされなかった。そして、この第1次再審請求手続では、遂に袴田さんの再審開始は認められなかった。
       これに対し、2008年4月申立の第2次再審請求では、弁護団においても積極的に証拠開示請求に取り組む方針をとり、これに対して検察官が一部証拠の任意開示に応じたほか、裁判所も証拠開示について前向きな姿勢を示し、裁判所による証拠開示勧告もなされ、実に600点余りに及ぶ証拠が開示された。そして、これらの開示証拠の中には、袴田事件にとって最重要証拠とされてきた「5点の衣類」に関して、確定判決の事実認定に大きな疑問を投げかける証拠が含まれていた。
       そして、2014年3月の静岡地裁での再審開始決定は、5点の衣類のDNA鑑定結果とともに、新たに開示された5点の衣類のカラー写真も含めて、5点の衣類の色に関する証拠群も明白性のある新証拠と評価しており、それらが再審開始に大きく影響したことが明らかである。
       更に、捜査機関による証拠ねつ造の根拠となり得る証拠ばかりではなく、検察官が裁判において虚偽の主張をしていたことを明らかにする証拠や、警察官の違法な取調べや法廷での虚偽証言、更には弁護人接見の盗聴・録音までが明らかになる証拠も開示された。開示されたこれらの証拠が、再審開始決定に大きく寄与したのである。
    3. (3)日野町事件における証拠開示
       袴田事件と同じく日弁連が支援している「日野町事件」は、1984年12月、滋賀県蒲生郡日野町で発生した強盗殺人事件である。1988年3月に阪原弘さんが逮捕され、自白調書が作成されたものの、阪原さんは、その後自白を撤回し、以後一貫して無実を訴えてきた。しかし、2000年9月に上告棄却により無期懲役判決が確定した。
       本件の確定判決は、直接の物的証拠がなく、情況証拠も阪原さんと犯人を結び付けるものではなく、任意性と信用性に疑問のある自白調書しかないという脆弱な証拠に支えられたものであった。
       2012年3月、遺族が第2次再審請求を申し立て、2018年7月11日、大津地方裁判所は再審開始を決定した。これに対して、検察官は即時抗告を申し立てたが、本年2月27日、大阪高裁も地裁の再審開始決定を維持した。しかし、この事件も、検察官の特別抗告によって再審開始が確定していない状況である。
       日野町事件では、第一次再審請求審の裁判長の勧告により、全ての送致書、証拠品目録等が開示され、証拠の一覧表が作成された。第2次再審請求審でも、金庫発見場所や死体発見場所への引当捜査に関する写真とネガ、アリバイ捜査に関する捜査資料等、多くの重要証拠が開示された。
       その中には、引当捜査の任意性に重大な疑問を生じさせる証拠なども存在し、開示された証拠が、再審開始決定に大きく寄与したのは袴田事件と同様である。
    4. (4)小括
       この様な袴田事件や日野町事件の審理経過は、再審請求手続における証拠開示の制度化がいかに重要であるかということを、顕著に裏付けるものである。
       しかしながら、この様に積極的な証拠開示が行われるのは、決して一般的ではない。現行法においては、証拠を開示するかどうかは、完全に検察官の自由に委ねられており、仮に裁判所が証拠開示を勧告しても検察官がこれに従う法的義務はないし、そもそも、証拠開示の勧告をするかどうか自体が裁判官の自由に委ねられている。請求人に、証拠開示を請求する権利は、全く与えられていないのである。
       事実、上記の名張毒ぶどう酒事件においては、弁護人の再三の証拠開示請求にもかかわらず、証拠はほとんど開示されていない(もっとも、その様な状況でさえ再審開始が認められている点自体に、有罪判決の脆弱性が現れている。)。
       袴田事件において弁護団が必死の活動をしたのは事実であるが、名張毒ぶどう酒事件においても、弁護団は等しく弁護活動において最善と全力を尽くしている。両者の違いは、ひとえに、裁判官の違い、検察官の違いであって、要するに、袴田事件においてこの様な証拠開示を受けられたのは、文字通り僥倖の成せる業に他ならないのである。
       無辜の救済を目的とする再審手続において、この様な不平等が放置されてはならない。
       実は、刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)の制定過程において、この証拠開示の問題点が議論され、同改正附則第9条第3項において、同法律の公布後、政府は必要に応じて速やかに再審請求手続における証拠開示につき検討するものと規定された。その後、実際に、同附則に基づき、日本弁護士連合会を含む関係機関による協議が行われていたものであるが、近年この協議は事実上停止しており、他方で政府による検討が進んでいることもうかがえない。これは、ある種の立法不作為の状態であると言わなければならない。
       そもそも、捜査機関が強力な権限を持ち、税金を投入して証拠を収集しているのは、真実を発見し司法正義を実現するためである。
       国は、このことを肝に銘じ、少なくとも、再審請求手続においては、全面的な証拠開示の制度化を早急に実現しなければならない。
  3. 3 結語
     袴田事件を始めとする重大再審事件の認知度が社会的に高まった結果、再審・えん罪被害に対する関心は年を追うごとに大きくなっており、再審法改正を目指す市民団体が結成されているほか、全国の地方議会でも、本年4月末現在、約130もの議会において、再審法改正を求める意見書・要望書が決議・提出されている。
     そして、日本弁護士連合会が開催した本年6月の院内集会においても、従来では見られなかった多くの国会議員が再審法改正に賛同するメッセージを寄せているところである。
     よって、当連合会は、国に対して、
     ① 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
     ② 再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化
    を含む再審法の改正を速やかに行うように強く求めるものである。
     そして、当連合会は、えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、今後とも全力を挙げる決意である。
PAGE TOP