関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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2024年度(令和6年度) 声明

永住者に対する在留資格取消事由の拡大に反対する理事長声明

 2024年(令和6年)3月15日、政府は、出入国管理及び難民認定法及び外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律の一部を改正する法律案(以下「本法案」という。)を国会に提出した。同年5月21日、本法案は衆議院で一部修正のうえ可決され、参議院に送られた。
 本法案は、現行の技能実習制度に替わり新たに育成就労制度を創設するとともに、「永住に繋がる特定技能制度による外国人の受入れ数が増加することが予想される」中で、現状でも永住者の一部に公的義務を履行していない者が存在することを前提として、永住許可制度の適正化を図るものとして、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)を改定し、永住者の在留資格を取り消すことができる事由を現行法より拡大するものである。具体的には、①入管法の義務に違反した場合、②故意に公租公課の支払をしない場合、さらに、③住居侵入、傷害又は窃盗等の一定の罪により拘禁刑に処せられた場合(執行猶予付きを含む。)でも永住者の在留資格を取り消すことができるとしている。

 都道府県別の人口でいうと40番目ほどに相当する、約88万人の永住者が現在、日本には住んでいる。日本政府は、永住者の在留資格を認めるにあたり、原則として10年以上の在留歴等を要求しており、永住者は他の主要国よりも厳しいこのような要求を満たした人たちや、その人たちの子孫である。永住者は日本社会に長く根づいた、社会の一員であり、日本で生まれ育ち、日本語を母語とする人、日本以外の国で暮らしたことのない人も含まれている。
 このような永住者の法的地位を本法案は著しく不安定にし、その生活基盤を根底から危険にさらすものである。上記①によれば、「在留カードの常時携帯」のような入管法の義務の違反も在留資格取消の対象となる。例えば近所の食堂に食事に行く際に、うっかり在留カードを自宅に置き忘れてしまったというようなケースであっても取消事由に文言上当たる。上記②については、公租公課の不払は、病気、事故、天災、失業等の本人にはいかんともしがたい事情から生じることも多い。不払への対応としては、日本人の場合と同様に、滞納処分等の措置や各種税法上の刑事処罰が可能であるし、それで足りるはずである。上記③については、現行法でも永住者は刑罰法令違反により1年を超える懲役や禁錮(きんこ)に処された場合などには退去強制(強制出国)の対象となり得るところ、一定の罪については1年以下の拘禁刑(執行猶予付きを含む。)という軽微な刑事責任しか負わない場合にも在留資格取消事由とするものである。いずれの場合も、永住者とその家族の結合や生活基盤を深刻な危険にさらすことに見合うものとはいえず、このような場合に在留資格を剥奪することは、永住者に対する過剰な制裁である。
 また、日本では永住者に参政権を認めていないが、少なくとも本法案のように日本に生活の基盤をもつ永住者の法的地位に大きく関わるような法案の作成・審議に当たっては、永住者らから意見を聴取する等の配慮がなされるべきである。しかし、本法案についてそのようなことがなされた経過はない。さらに、もともと本法案は「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」の最終報告書をふまえたものとされているが、同報告書には永住者の在留資格取消事由の拡大についての提言は含まれておらず、その後の閣議決定で唐突に入れられたものであって、その必要性や相当性の検討が十分なされているとはいえない。

 本法案の「永住者」取消事由の拡大は、「永住者」当事者たちの日常生活に大きな不安を与えると共に、「永住者」若しくは「永住者」になることを考えている人々の人生設計に濃い翳を落とす。また、日本社会において営々と生活を築き上げてきた永住者であっても、わずかでも過ちがあった場合にはその生活基盤を根底から破壊されても仕方がない、というメッセージを社会に与えるものであって、それ自体が、日本社会における外国籍・無国籍市民に対する差別やその人権の軽視を助長するおそれもある。本法案は共生社会の実現を顕著に阻害するものと言わざるを得ない。

 衆議院は、本法案を一部、修正し、永住取消にあたっては、従前の公租公課の支払状況及び現在の生活状況その他の当該外国人の置かれている状況に十分配慮するものとする、などの附則の条項を本法案に追加した。また、同法務委員会は、永住者の永住許可の取消等を行おうとする場合には、その定着性及び法令違反の悪質性等の個別事情を厳正に判断するとともに、具体的な事例についてのガイドラインを作成し周知するなど、特に慎重な運用に努め、また、永住者の家族の在留資格の取扱いについて、十分な配慮を行うことなどについて、政府に対し格段の配慮を求める附帯決議をした。これらは、当連合会が本声明において指摘した問題点に関するものではあるが、結局は、永住者やその家族の生活を入管当局の広範な裁量の下におくという本法案の構造をそのまま維持するものであり、根本的な問題点を解消させるものとはいえない。

 当連合会は、永住者とその家族らの人権保障の観点から重大な疑義のある在留資格取消事由拡大に強く反対するとともに、政府に対し、日本に生活基盤を有する外国籍・無国籍市民の人権に十分配慮した施策を推進するよう求める。

 2024(令和6)年6月10日

関東弁護士会連合会
理事長 菅 沼 友 子

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