本日、静岡地方裁判所において、いわゆる袴田事件の再審公判における判決期日があり、袴田巌さんに無罪が言い渡された。袴田さんが逮捕されてから既に58年以上、再審開始決定がなされてからも既に10年以上の歳月が経過しているが、袴田さんはやっと無実の罪を晴らした。
当連合会及び管内13弁護士会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させることを強く求める。
袴田事件では、1966年(昭和41年)8月に袴田さんが逮捕され(当時30歳)、その後、捜査機関により自白を強要されて起訴された。袴田さんは、起訴後一貫して無実を訴え続けていたが、1980年(昭和55年)12月に死刑が確定した。これに対して1981年(昭和56年)4月に第1次再審請求が申し立てられたが、ほとんど全くと言ってよい程に検察側から証拠開示を受けられないまま、2008年(平成20年)3月、最高裁判所は、再審請求を認めなかった。
その後、同年4月に第2次再審請求が申し立てられたところ、弁護団による積極的な証拠開示の取組みと裁判所による証拠開示の勧告により、実に約600点余りに及ぶ証拠が開示され、2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定がなされた。しかし、これに対して検察官が不服申立てをしたことにより、約9年後の2023年(令和5年)10月27日になるまで再審公判は開始されなかった。
再審公判は本年5月22日に結審し、判決言渡期日が本日と指定告知され、無罪が言い渡された。現在、袴田さんは、88歳である。
袴田さんに無罪が言い渡されるまでにこのような長期間を要したのは、現行の再審手続に関する法律(刑事訴訟法第四編「再審」)(以下「再審法」という。)に問題があるからと言わざるを得ない。
えん罪は、国家による最大の人権侵害の一つである。個人の尊厳を究極の価値とする日本国憲法のもとでは、えん罪被害はあってはならないものである。
えん罪被害者を守る最後の砦が再審法において規定されている再審手続である。
しかし、現行の再審法の規定は、僅か19か条しかなく、再審手続をどのように行うかは裁判所の広範な裁量に委ねられていることから、再審請求手続の審理の適正さが制度的に担保されず、公平性も損なわれている。
また、袴田事件のみならず過去の多くのえん罪事件において、警察や検察庁といった捜査機関の手元にある証拠が再審段階で明らかになり、えん罪被害者を救済するための大きな原動力となっているが、現行の再審法においては、捜査機関の手元にある証拠を開示させる仕組みについて明文の規定がなく、再審請求手続において証拠開示がなされる制度的保障がない。そのため、裁判官や検察官の対応いかんで、証拠開示の範囲に大きな差が生じているのが実情であり、これを是正するためには、証拠開示のルールを定めた法律の制定が不可欠である。
さらに、再審開始決定がなされても、検察官がこれに不服申立てを行う事例が相次いでおり、えん罪被害者の速やかな救済が妨げられている。再審開始決定は、あくまでも裁判をやり直すことを決定するにとどまり、有罪・無罪の判断は再審公判において行うため、検察官にも有罪立証をする機会が与えられている。したがって、再審開始決定がなされたのであれば、速やかに再審公判に移行すべきであって、再審開始決定といういわば再審公判の入口における判断に対して検察官の不服申立てを認めるべきではない。
当連合会では、昨年9月29日の令和5年度定期弁護士大会において「えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、刑事再審法の速やかな改正を求める決議」を採択しているが、管内13の弁護士会とともに、えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、あらためて、国に対して、下記の事項を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう強く求める。
記
1 再審請求手続における手続規定の整備
2 再審請求手続における証拠開示の制度化
3 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
2024年(令和6年)9月26日
関東弁護士会連合会理事長 菅沼 友子
東京弁護士会会長 上田 智司
第一東京弁護士会会長 市川 正司
第二東京弁護士会会長 日下部真治
神奈川県弁護士会会長 岩田 武司
埼玉弁護士会会長 大塚 信雄
千葉県弁護士会会長 島田 直樹
茨城県弁護士会会長 篠﨑 和則
栃木県弁護士会会長 石井 信行
群馬弁護士会会長 関 夕三郎
静岡県弁護士会会長 梅田 欣一
山梨県弁護士会会長 三枝 重人
長野県弁護士会会長 山崎 勝巳
新潟県弁護士会会長 中村 崇