関東弁護士会連合会(以下「当連合会」という。)は、2002年と2011年に「法教育」に関する大会宣言をしている。そこでは、「法教育」を「法律専門家ではない人々を対象に、法とは何か、法がどのように作られるか、法がどのように用いられるのかについて、その知識の習得に止まらず、それらの基礎にある原理や価値を教えるとともに、その知識等を応用し適用して使いこなす具体的な技能と、更にそれを踏まえて主体的に行動しようとする意欲と態度についてあわせて学習し身につけてもらう教育」と定義したうえで、自由で公正な民主主義社会の担い手を育てるためには、学校教育において「法教育」を行うことの重要性を指摘し、教育者及び関係諸機関と連携しつつ、弁護士・弁護士会として法教育の普及・発展に尽力することが確認された。そして、この「法教育」は、市民に、自ら主体的に考え、公正に判断し、行動する力を身につけてもらうことで「個人の尊重」の価値を共有する自由で公正な民主主義社会を実現する市民の育成を目指すものである。
実際、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)、当連合会を初めとする各弁護士会連合会、さらには各地の単位弁護士会でも「法教育」に関する委員会が作られ、法教育の研究、担い手の育成、教材の開発、情報の発信といった様々な活動により「法教育」の普及・発展に尽力してきた。
ところが、その後の社会情勢の変化により、学校からは特定の分野に特化した教育を要請されることがさらに増え、様々な委員会が学校に出向くなどして教育活動に従事するようになってきた。いじめ予防授業を子どもの権利委員会が、18歳選挙権のための主権者教育を憲法委員会が、18歳成年のための消費者教育・労働教育を消費者委員会や労働問題委員会が担当するといった具合である。
加えて、2020年度から始まった新しい学習指導要領において、「社会に開かれた教育課程」が掲げられ、教育課程の実施に当たって、地域の人的資源等を活用し、学校教育を学校内に閉じずに社会と連携しながら実現することとされたことを受けて、今後更に弁護士が学校教育に関わる機会が増えることが予想される。
そうだとすれば、弁護士会側としてもそれに応じた対応体制を作ることが必要になる。
そして、いじめ問題にしても、選挙権の行使や18歳成年の問題にしても、おおよそ弁護士による学校での授業は究極的には「個人の尊重」という価値を共有する自由で公正な民主主義社会の構成員として必要な資質・能力の育成という目的を有するものであるから、弁護士がこれらの各分野の授業内容を考えるにあたっては、子どもたちに「個人の尊重」という価値の重要性を理解し、共有してもらうという見地から再点検し、弁護士会の対応体制も再構築する必要があるといえよう。
そこで、当連合会は、管内の各弁護士会に対し、以下のような体制作りを検討することを呼びかけるとともに、当連合会もこれらの実現に向けて全力を挙げて取り組むことを宣言する。
2024年(令和6年)9月27日
関東弁護士会連合会
当連合会は、2002年及び2011年に「法教育」に関する大会宣言をしている。
2002年の大会においては、「法教育」を民主主義社会における法の背後にある価値や原理に従って行動できる資質・能力を育てるために、必要な教育と捉えた上で、「全国の各単位弁護士会、弁護士、教育者及び関係諸機関、マスコミ、国民などに対して、21世紀の我が国が自由で公正な民主主義社会として発展していくために、子どもに対する法教育の必要性と重要性を訴え、これら諸機関や広く国民と連携しつつ、子どものための法教育を我が国に普及させるために尽力する」ことが宣言された。
その後、各地の単位弁護士会においても「法教育」に関する委員会が作られ、各弁護士会に小中高の児童・生徒を呼んで「法教育」授業を行ったり、学校へ出張授業に行くなどの活動を行うようになった。
他方、当連合会においても、日弁連においても、同様の委員会が作られ、「法教育」の普及・発展に関する研究が進められた。
このような日弁連・各弁護士会連合会・各弁護士会の取り組みの結果、2008・09年の学習指導要領の改訂においては、特に中学校社会科・高校公民科において、法に関連する事項が多く取り入れられるに至った。
2011年の大会では、再び「法教育」に関して、「法教育の内実の明確化・評価方法の確立、優良な授業案・プログラムの作成、教員養成課程等における法教育、法教育に関する広報、普及のための組織づくり(法教育センター)」を実施していくことが宣言された。
2002年宣言においても、2011年宣言においても、学校教育法上、学校における教育の、教える側の主体は教員となることから、実際の授業を担当する教員との関係では弁護士はあくまでも支援に留まっていた。すなわち、弁護士が直接学校に行って授業を行うことはあくまでも教員の補助者としての位置づけに留まり、授業案の作成、教員への法教育の普及を想定していた。
しかしながら、中学校社会科・高校公民科の教員といえども、法学部出身の教員は数が少なく、法の基礎にある原理や価値等に対する十分な理解を求めることは困難な状況が続いた。加えて、教員も日々の激務の中で、弁護士・弁護士会と教員・学校との連携も十分にはとれずに、教員になった後に法教育的素養を身に付けるような機会を得ることもほとんどなかった。
一方で、その後の社会情勢の変化などから、弁護士としても、学校から特定の分野に特化した教育を要請されることがさらに増え、様々な委員会が学校に出向くなどして教育活動に従事するようになってきた。2002年当初から、裁判員裁判の導入に向けて活発になってきた模擬裁判の指導は法教育委員会が行っていたが、その他にも、いじめ予防授業を子どもの権利委員会が、18歳選挙権のための主権者教育を憲法委員会が、18歳成年のための消費者教育・労働教育を消費者委員会や労働問題委員会が、それぞれ担当するといった具合である。
民主主義社会における法の意義・役割とは、端的にいえば「個人の尊重」を実現することである。「個人の尊重」とは、一人ひとりがそれぞれに固有の価値をもっていることを前提に、それぞれの人がもっているそれぞれの価値を等しく認めあうことである。「個人の尊重」の原理は憲法にうたわれており、社会や国家は「個人」のために存在するということが明らかにされている。「個人の尊重」とは、単に他者に対する「思いやり」や「優しさ」に留まるものではない。「思いやり」や「優しさ」は自分が仲間だと思う他者に対してだけ向けられることが多い。これに対して、「個人の尊重」は、自己と他者がそれぞれの存在と価値を相互に認めるものであり、自己とは異なる信条や意見を持つ他者に対しても向けられるものである。異なっている個そのものの存在価値を認め、そうした多様な個人が生活できる空間として民主主義社会を形成しようとする価値・原理なのである。それゆえにこそ自己を主張するとともに、他者のことも認め、その主張に耳を傾け、合意を形成していく資質・能力が必要となる。
そうだとすると、いじめ問題にしても、選挙権の行使や18歳成年の問題にしても、これらの各分野の教育活動はいずれも究極的には「個人の尊重」という価値を共有する自由で公正な民主主義社会の構成員として必要な資質・能力の育成という目的を有するといえる。
だとすれば、「法教育」という言葉を使うかどうかはさておき、もう一度、これらの各委員会が担っている活動を「個人の尊重」という観点から捉え直し、これらの授業内容を考えるにあたっても、子どもたちに「個人の尊重」という価値の重要性を理解し、共有してもらうという見地から再点検する必要があろう。そしてそのためにはまた、弁護士会としても各委員会の活動を統合的に捉えて再構築することが必要であろう。
これまでは、学校教育法上、学校における教育の教える側の主体はあくまでも教員であることから、実際の授業を担当する教員との関係では弁護士・弁護士会は支援に留まっていたが、2020年度から始まった新しい学習指導要領において、「社会に開かれた教育課程」が掲げられた。その内容について、文部科学省の「令和5年度学校教育における外部人材活用事業の公募について」では、「教育課程の実施に当たって、地域の人的資源等を活用し、学校教育を学校内に閉じずに社会と連携しながら実現すること」とまとめられている。そうだとすれば、弁護士・弁護士会としても、より積極的に学校において教育活動に取り組むことが求められることになったといえよう。
前述したように、中学校社会科・高校公民科の学習指導要領においても法に関連する事項が盛り込まれ、各教科書には、「人権の保障」や「憲法の意義・役割」について触れられ、「個人の尊重」についての説明や「法の意義・役割」についての説明もある。しかしながら、上記のような法と「個人の尊重」との関係についても、「個人の尊重」が憲法にうたわれていることの意義、国家や社会との関係などについても触れられていないのが現状である。
これまでも、我々弁護士は、「法教育」の名のもとに、自由で公正な民主主義社会の構成員として必要な資質・能力として「個人の尊重」という価値を共有してもらうための教材づくりに励んできた。しかしながら、現状では教員がその養成課程においても教員になった後も法教育的素養を身につける機会が乏しく、弁護士・弁護士会と教員・学校との連携も十分とはいえない中で、弁護士が教材を教員に提案するだけでは、子どもたち・若者たちに「個人の尊重」という価値を共有する自由で公正な民主主義社会の構成員として必要な資質・能力を育成するための取組みとしては不十分であると言えよう。
そうだとすれば、2020年度から始まった新しい学習指導要領において、「社会に開かれた教育課程」が掲げられたことは、弁護士が、学校において自らが授業をする絶好の機会を得たと言えるし、弁護士として積極的に「個人の尊重」の価値をよりよく伝える授業をすることが求められているというべきである。
このように、様々な分野で弁護士が積極的に学校に授業に行き、「個人の尊重」の価値を伝えることは、これからの弁護士の重要な役割の一つである。
これらのことから、宣言の1~4の提案をするものであるが、最後に項目ごとに理由を補足する。
提案1については、学校側にも様々な要望があり、これに対して各弁護士会としても様々な委員会もしくは個々の弁護士が対応しているのが現状だと思われるが、そこで必要なのは子どもたちに「個人の尊重」という価値を共有してもらうことであり、各委員会において、そのような観点からの再検討が必要である。さらには、弁護士会の限られた人的資源を有効に活用するためにも、各委員会がバラバラに対応するのではなく、どのような活動を行っているか情報を共有し、相互に協力する体制を整備する必要がある。また、既に、一部の弁護士会においては、学校からの弁護士派遣要請に対して受入窓口を一本化し、合理的に配点しようとしているところも見られ、他の弁護士会においてもこのような体制づくりをすることも検討してよいように思われる。
提案2は、実際に学校で授業を行う以上は、派遣する弁護士には最低限の授業能力が備わっていなければならないが、現状は個々の弁護士に委ねられており、授業能力の向上のための制度的な枠組みは存在しないことを理由とする。
提案3については、学校に授業に行った弁護士としても、せっかく作った授業案が個々の弁護士の手元に留まっており、他の弁護士と共有する機会が少ないのが現状であるが、提案1の目的を達成するためには、これを委員会(さらには弁護士会)の垣根を越えて共有することが有効である。また、そうすることで提案2の弁護士の授業能力の向上につながるし、教材もブラッシュアップされてより良いものになる。さらに、学校側が弁護士を呼ぶことを躊躇する1つの原因としてどのような授業が行われるのか分からないという点が上げられているところ、これを公開することでそうした教員の不安の払拭につながるので、できる範囲で公開することが望ましい。
提案4は、学校側としては弁護士に授業をしてもらいたいとの要望があっても、実際にどのような方法があるのか分からない、もしくは予算がないなどの理由で断念している場合が少なくないと思われることから、学校との協同体制は必須である。これは2002年・2011年の宣言においても謳われたことではあるが、ここでは、各弁護士会において、自治体との間で、弁護士が学校にいくための基本的な協同体制を構築することを念頭に置いている。できれば、自治体との間で弁護士派遣の協定を結ぶことが望ましい。特に、弁護士の活動のためにどのように予算を手当するかは問題であり、この点の協議も必要である。
よって、当連合会は、本宣言をするものである。
以 上