仕組債につき適格機関投資家以外への販売を金融機関に対し禁止する
法制度の整備を求める意見書
2024年(令和6年)6月20日
関東弁護士会連合会
第1 意見の趣旨
国に、適格機関投資家以外の一般個人・法人に対し、金融機関がいわゆる仕組債の勧誘及び販売をすることを一律禁止する法制度を整備することを求める。
第2 意見の理由
- 1 仕組債は株式よりもハイリスクな商品であること
債券は発行体の格付けが高い場合には株式よりも安全な資産とされており、一般個人・法人は「債券」という名称の商品はリスクが低いと捉えている。
仕組債は、購入者がオプションの売り手となり、購入者はオプション売却による代金のごく一部を利息名目で受け取る可能性を得るが、購入者が仕組債購入代金として支払ったものがオプション実行に際して支払われる金銭に充当されることを予定している商品である。
仕組債の購入者は、オプションの売り手の立場に自動的に立たされることがほとんどである。
オプションの買い手は損失額がオプション購入代金に限定されるが、オプションの売り手は損失が極端に大きくなる可能性がある(一般的に、「損失無限大」などと言われている)。
そのため、証券会社でオプション取引をする場合、相当の投資経験が必要とされ、かつ売り手となった場合の損失の危険性について十分な理解が必要とされている。
しかし、仕組債については、購入者は、オプションの売り手となった場合の危険性を理解することなく購入しているのが実情である。
オプション取引自体も仕組みが複雑な上、オプションの売り手は損失が発生した場合に大きな損害を被る危険があるため、株式の取引よりもハイリスクとされている。
このように、オプション取引が組み込まれた仕組債は株式の取引よりもハイリスクな取引である。
- 2 金融庁が公表した顧客本位の業務運営のモニタリングの結果について
金融庁は、2022年(令和4年)6月30日付で「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」(以下、「顧客本位モニタリング」という。)を公表した。
顧客本位モニタリングは、仕組債(ここではEB債、Exchangeable Bond=他社株転換可能債)について、「オプションを組み込む際、得られるはずのオプション・プレミアムから一定の手数料が引かれるため(仕組段階の手数料。仕組債を組成する金融機関の収益)、販売会社が顧客に売る際の手数料(販売段階の手数料)と合わせて、顧客は相応のコスト負担をしている。加えて、早期償還による買い替えのたびに販売段階の手数料が発生することから、リスク対比のリターンが株や債券などと比べて悪く、リスクに見合ったリターンが得られていないと考えられる。
こうした商品性と苦情事例を踏まえると、一般的な債券と大きく異なるリスクを引き受けていることの認識が必ずしも十分ではない中で、相対的な高金利が魅力的に見えている可能性がある。実際にはリスクに見合ったリターンが得られていないことも踏まえれば、株価(株価指数)が一定水準を下回ることはないというリスクの過小評価の問題や実質的に負担しているコストが分からないためにリターンを適切に評価できないという問題があるとも考えられる。
以上のように、EB債は、商品性が極めて複雑で、理解することが困難である上に、実際にはリスクに見合うリターンが得られないことが多い商品と考えられる。リスク選好が強い一部の限定的なニーズがあることまでは否定できないにしても、中長期的な資産形成を目指す一般的な顧客ニーズに即した商品としてはふさわしいものとは考えにくい。」と指摘している。
その上で、「経営レベルにおいて議論すべきであると考えられる」とされ、これを受けて多くの金融機関で、個人向けを中心として仕組債の販売停止等の措置が採られるに至っている。
- 3 一般個人・法人では仕組債のリスクについて評価ができないこと
仕組債の「利息」は、実際には利息ではなく、オプションの売り手になることでオプションの買い手が支払ったオプション代金の一部が購入者に引き渡されているに過ぎない。
ここで証券会社経由のオプション取引をする場合、オプション価格は常に市場において変動しており、実現可能性の高いオプション価格は高く、実現可能性の低いオプション価格は低く提示されている。そのためオプションの価格についての理論は相当複雑ではあるものの、少なくとも価格からリスクの高低を多少は判断することはできる。
しかし仕組債に組み込まれたオプション取引についてのリスクがどの程度のものであるか、一般個人・法人では、仕組債の購入者がどの程度不利な立場に立たされているのか、正確に理解することは困難である。
まず、仕組債に使用されているオプションは国内オプション市場では商品設定がなく市場性がないものも多数あるため、市場価格と比して有利か不利かの判断材料が購入者にはそもそもない。
また、実際にはオプションの売り手となってオプション売買代金の一部を受け取って仕組債購入のため支払った代金全部がオプション実行のための保証金になっているという事実をまったく理解せずに購入者は仕組債を購入していることから、オプションの売り手としてのリスク判断をすることがそもそも不可能である。
さらに、仕組債で設定されたオプションの実現可能性が商品によっては高確率に設定された商品が存在している。つまり購入者が仕組債の購入代金として支払った金銭の大部分が高確率でオプションの買い手に支払われる、すなわち仕組債の購入者が支払った金銭の大部分が損失となる商品が、安全性の高い債券と誤認される形式で販売されているのである。
- 4 販売側従業員も仕組債のリスクにつき理解しないまま販売していること
仕組債で裁判になった事例でも、販売側従業員が仕組債のリスクをよく理解せず、販売側従業員も安全性の高い債券の一種と誤信し、一般個人・法人に販売している事例が見受けられる。
実際には仕組債は債券ではなくオプションの売り手の立場に立つだけで、利息はオプションの売買代金の一部が支払われるだけであるが、このように高いリスク商品で、かつ損失が極端に大きくなるかまたは無限大の損失が発生することを販売側従業員が理解しないまま販売をすれば、仕組債の購入者はリスクの評価を正確に行うことは不可能である。
また、販売側従業員が仕組債のリスク、すなわちオプションが実現する正確な確率と、オプション実現によって発生する正確な損失見込額(この損失額は購入価格全額になることも珍しくない)を正確に理解して購入者に説明していれば、合理的な判断ができる購入者であれば仕組債を購入することはない。
しかし、これだけ仕組債が販売され、訴訟になっている事例もあることからすれば、販売側従業員が仕組債について理解不十分で、リスクや損失額の見積もり・説明に不備があるからこそ、仕組債を購入する一般個人・法人が多数存在しているのである。
- 5 直接オプションの売り手となったほうが購入者には利益になること
仕組債の「利息」は、実際にはオプションの売り手として、オプションの買い手が支払ったオプション売買代金の一部を受け取っているに過ぎない。
オプション売買代金は、まず仕組債組成者が一部を受領し、次に仕組債の販売者である金融機関が一部を受領した上で、残金が仕組債の購入者に「利息」名目で支払われている。
つまり仕組債の購入者は、オプション売買代金の一部しか受領していない。
市場性のあるオプションの場合、オプションの売り手はオプションの実現可能性が高い、すなわち売り手に損害が発生する可能性が高いオプションでは売買代金が高額となり、オプションの売り手はリスクに見合った対価を得ることとなる。
しかし、仕組債の場合にはオプションの売買代金自体が減額されて「利息」名義で一部支払われるだけで、リスクに見合った対価を得ることすらできていない。
そして、仕組債の販売者である金融機関は仕組債を売りさえすれば、オプションの売り手としてのリスクを一切とらずに、オプション売買代金のうち一部を確実に取得することとなる。このように金融機関は仕組債の購入者にオプションの売り手としてのリスクを全部押しつけた上で、オプションの売却の利益のみを得ている。
- 6 自主規制では被害が防止できていないこと
2023年(令和5年)6月23日、関東財務局が一部金融機関に対して行きすぎた仕組債販売を行ったとして業務改善命令の行政処分を行った。
後述するように、仕組債の販売により、販売した金融機関はオプションの売り手としてのリスクを一切負わず、仕組債の購入者にオプションの売り手のリスクを全部押しつけた上で、オプションの売り手が得る対価の一部を確実に取得することとなる。
仕組債を販売する金融機関がリスクフリーで利益を得る一方、仕組債の購入者はオプションの売り手としてのリスクを全部背負わされることとなり、仕組債を販売する金融機関と仕組債の購入者は利益相反の関係にある。
そして近年続いた低金利環境や間接金融の低下に起因する金融機関の利益減少という要因から、金融機関内部では利益を得ることが優先されている。
このような要因下で、販売する金融機関としては顧客に甚大な損害が発生する可能性のある商品を安全な債券の形式を装って売れば売るほど利益になるのであるから、自主規制や金融機関の内規で適正に販売されることを期待するのは不可能である。
- 7 名目いかんに関わらず適格機関投資家以外には販売を法で禁止すべきこと
仕組債について自主規制がされ、金融庁から処分もされているところである。
しかし近時、仕組債という名称を使わずに実際にはオプションの売り手となる金融商品を販売している事例が出現している。
仕組債という名称自体も問題ではあるが、極端にリスクが高くかつ大きな損失が高い確率で発生する商品を一般個人・法人に売買している実態が最大の問題である。
そのため、仕組債か否かという名称いかんにかかわらず、実際にはオプションの売り手の立場になっているがそのことを理解できないままオプション以外の形式・名目をとって一般個人・法人に販売する行為は全面的に禁止すべきである。
そもそも、高確率ないし相当の確率で購入代金の大部分を失う可能性があることを購入者が十分に理解したうえで、合理的な判断ができる者であれば仕組債を購入しない。
- 8 新NISA実施に伴い適正な金融商品の販売が必須であること
2024年(令和6年)1月1日から新しいNISAが始まり、一般個人につき適切な金融商品を一定額購入することは大きなメリットがある。
しかし、先進諸国と比べて我が国の資産構成が預貯金に偏っているのは、金融商品で莫大な損害を出すことがあるというイメージに負うところも大きい。
すなわち、仕組債のように一見安全な商品に見えるが、実は購入代金の大部分もしくは全部を高確率で失う金融商品が一般個人に与える負の影響は計り知れないものがある。
新しいNISAが今後国民に浸透し、国が目指す資産運用立国の実現には、一般個人がリスクを把握することが困難な上、高い確率で多額の損害を被る商品の売買を法で禁止し、金融商品に対する国民のイメージを適正なものに変化させていくことが必須である。