
2025年5月23日、出入国在留管理庁は、「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」(以下「ゼロプラン」という。)を公表し、その冒頭部分には「ルールを守らない外国人により国民の安全・安心が脅かされている社会情勢に鑑み、不法滞在者ゼロを目指し、外国人と安心して暮らせる共生社会を実現する」と記載されている。
しかし、統計資料によれば、2004年から2023年までの在留外国人数は197万3747人から20年で341万0992人へと約1.7倍に増加している一方で、刑法犯で検挙された外国人数は1万4766人(2004年)から9726人(2023年)へと約3分の2に減少している。少なくとも、このような統計上の数値からは、「ルールを守らない外国人により国民の安全・安心が脅かされている社会情勢」など見てとることはできない。
政府は、2025年5月の鈴木法務大臣(当時)の国会答弁や、同年8月の答弁書において、「『ルールを守らない外国人』とは、不法滞在者を指す」とし、「『国民の間で不安が高まっている』状況に関する認識の根拠」について、「様々な場所でルール守らない外国人に係る報道、そういったことがある中で、まさに国民の皆様方の間での不安が強まっている、そういった状況」などというだけで、「不法滞在者」(非正規滞在者)により「国民の安全・安心が」具体的にどのように脅かされている社会情勢なのか具体的な事実や客観的資料を何も示していない。
結局、ゼロプランは、在留資格のない非正規滞在者を「不法滞在者」=「ルールを守らない外国人」と決めつけ、一部報道の存在のみを根拠に、あたかも日本国民の安心・安全が脅かされている原因が非正規滞在者にあるかのような図式を掲げるものである。このような政府の公的発信によって、今後、外国人に対する不当な偏見や差別が更に加速することは、想像に難くない。
当連合会は、徒に外国人への偏見を助長し、社会に無用な分断を生じさせるこのような情報発信に対して強く抗議するとともに、政府として二度とこのような差別助長型の情報発信をしないよう、発信前に当該発信が在留外国人に対する偏見を助長しないかを事前に確認するなど、再発の防止を徹底するよう申し入れる。
また、2025年10月10日、出入国在留管理庁は、「ゼロプラン」の実施状況を初めて公表した。これによると、同年6月から8月における護送官付き国費送還は119人となり、ゼロプラン前3か月間の3月から5月における62人や、前年同期の58人から倍増したことがわかる。更に、同年6月から8月における護送官付き国費送還をされた人数のうち、難民申請3回目以降のいわゆる「例外規定」による送還は36人と、約3割を占めている。これにつき、鈴木法務大臣(当時)は同年10月10日の記者会見において、「護送官付き国費送還(強制送還)の実施を強化していくことで、自発的に帰国する方が増加する効果が期待される」と述べ、ゼロプランの実施による見せしめ効果を強調した。
ゼロプランは、例えば在留資格がない親から生まれた子や、人身売買の被害者など、1人1人の個別事情に関わりなく、非正規滞在者を「ルールを守らない外国人」と一括りにしてその権利・利益を蔑ろにするものであるが、中でも本来であれば難民として保護されるべき人々を適切に難民として認定しないまま「不法滞在者」としている点も特に深刻である。そこで、まずは国際基準に則った難民認定手続の速やかな実施こそ急務である。他国に比べて極めて難民認定率が低い日本(2024年度の日本の難民認定率は2.2%。同年のカナダは70%であった。)において、現状のままゼロプランを実施すれば、安易な強制送還の実施によって、迫害を受けるおそれのある地域に送還してはならないという「ノン・ルフールマンの原則」(出入国管理及び難民認定法第53条第3項、難民の地位に関する条約第33条第1項、拷問等禁止条約第3条第1項など)違反の結果を招来する危険が極めて高い。近時、名古屋高裁(2024年1月25日判決)、東京高裁(2023年12月7日判決)で、3回目の難民不認定処分に対して不認定処分を取り消す判決が立て続けに下されていることなどからすると、見せしめのような先の護送官付き国費送還によって、難民として保護されるべきであった人々を、迫害の待つ本国に既に送還してしまったおそれすらある。
2025年8月の国会では、ラサール石井・参議院議員が、難民申請中の家族5人が護送官付きで本国に強制送還され、空港に到着した直後に父親が現地の警察に逮捕されたという事案に言及した。同家族には日本生まれの子どもも含まれていたとされており、難民の該当可能性はもちろん、人道配慮による在留を認める余地も十分にあったと考えられる。このような家族や子ども達が「国民の安全・安心」を脅かす存在であったとは、およそ考えにくい。
極めて低い難民認定率によって多くの非正規滞在者が生じている問題の根本的な解決には、疑わしきは申請者の利益に、という取扱いを採用、徹底することなど、しかるべき難民認定手続の実施こそが不可欠である。これが実施されないまま、ゼロプランに基づき排除ありきの送還を行えば、ノン・ルフールマン原則に違反し、取り返しのつかない重大な人権侵害を招くことになる。日本が今後も世界に開かれた人権国家としての地位の標榜を望むのであれば、拙速な強制送還ではなく、適切な正規化による非正規滞在者の解消について真剣に検討するべきである。
よって、当連合会は、政府に対し、差別や分断を助長し、排除ありきのゼロプランの公表と実施に強く抗議するとともに、国際基準に則った難民認定手続の速やかな実施を求める。
2026年(令和8年)1月29日
関東弁護士会連合会
理事長 種 田 誠