
人の生命(いのち)は、最大限尊重されるべき基本的価値である。「死」はその生命の終着点であり、そこに個人の尊厳が及ぶことは明らかである。
また、いかなる命であれ、それがいかなる経過によって失われたのかを正確に知ることは、①本人にとっては自己の生の完結に関わる問題であり、②遺族にとっては死の意味を受け止め、回復へと向かうための前提であり、③現在及び将来を生きる市民にとっては同様の被害の防止と社会の安全の確保に資するものである。
このように、死の原因を適切に解明することは、単なる医学的・自然科学的関心にとどまらず、個人の尊厳の保障、遺族の知る権利の実現、さらには社会全体の安全と信頼の基盤の形成に資するものであり、明らかに人権的価値を内包する。
しかしながら、現在の我が国の死因究明制度は、主として犯罪捜査の一環として位置づけられており、必ずしも基本的人権を支えるインフラという視点から体系的に整備されているとはいえない。とりわけ、非犯罪死などについては、体系的な整備や検証が行われていないのが実情である。また、刑事収容施設・入管施設その他公権力が関与する場面における死亡については、その性質上、死因究明の公正性・中立性に対する高度の要請が存在する。
したがって、これらの事案については、十分な予算及び人員を確保し、実効的な調査権限を有する独立した第三者機関による死因究明が実施されるとともに、その結果が適切に公表される仕組みを構築することが不可欠である。
さらに、我が国は、今後一層の少子多死社会を迎え、孤独死・孤立死といった課題に直面することが見込まれる。加えて、虐待死、乳児の突然死、ヒートショック、熱中症、エコノミークラス症候群など、本来防ぎ得た可能性のある死に関する知見の蓄積と社会還元という、公衆衛生上の要請も一層高まっている。
以上を踏まえ、当連合会は、死因究明を、基本的人権を実質的に保障するための不可欠な社会的基盤(インフラ)として再定義すべきであると考える。そして、その制度的・人的・組織的基盤を抜本的に整備することを強く求めるものであり、下記のとおり宣言する。
1 現在の死因究明等推進基本法及び死因究明等推進計画においては、国は死因究明に関する施策を総合的に策定し、実施する責務を負うものの、人材育成等は大学に、各地域の状況に応じた施策の策定と実施は地方公共団体に、それぞれ委ねている。
しかしながら、大学にしても地方公共団体にしても、経済的基盤は潤沢ではなく、各自が積極的・自主的に死因究明に関する人材育成や具体的施策の実施を担うのは困難を伴うことが予想される。現に、死因究明等推進基本法成立から5年が経過しているが、未だ死因究明を担う人材は不足の一途をたどり、地方公共団体ごとの死因究明施策実施の大きな偏りは解消されていない。
また、行政解剖の分野では、監察医制度が存在する一部の都市を除き、多くの地域では監察医制度が施行されていないため、遺族の承諾を得て死因を究明する「承諾解剖」が行われている。しかし、遺族の承諾や、専門家人材の確保、費用負担などの課題があることから、必ずしも十分な死因究明が行われているとはいえない。
そこで、抜本的に、国が予算と体制を組んで、死因究明パブリックセンター(仮称)を設立し、警察や法務省から独立した組織として、死因究明を行う中立的・専門的な第三者機関としてのセンターを設立するとともに、専門人材の派遣、育成、解剖費用・設備整備への財政支援などを通じて各地域の死因究明施策を人的にも予算的にもバックアップすることが必要である。
これにより、現在の死因究明等推進基本法及び死因究明等推進計画をさらに発展させ、特に、死因究明制度が基本的人権を実質的に保障するための不可欠な社会的基盤(インフラ)であることを重視して、解剖・検案等を担う専門機関を全国的に整備し、地域格差を是正すべきである。
また、それとともに、各地域において適切な死因究明ができるよう、
に必要な基盤整備と財政措置を求める。
2 犯罪を見逃さず、また、冤罪を生まないためには適切な死因究明と公開が不可欠である。特に犯罪被害者遺族にとっては、適切に究明された死因及び死亡に至った経緯・背景等についての情報にアクセスできること、並びに、それらに関する正確な情報に基づいて加害者の刑事責任が評価されることが不可欠である。また、犯罪被害者遺族にとっては、死亡後間もない時期にそれらの情報に十分にアクセスすることは現行法上期待できず、これを改善する必要がある。
これに加え、刑事収容施設・入管施設その他公権力が関与する場面における死亡、犯罪被害、災害等を対象に独立した第三者機関による死因究明及び検証を行う機関・仕組みを整備し、その結果を広く社会に還元すべきである。
3 死因究明の過程及び結果について、遺族による当初の段階からの関与を認め、遺族が情報にアクセスし、説明を受け、必要に応じて、遺族による解剖への意見表明や意向を反映できる仕組みが必要である。また、これに伴う遺族向け情報提供・説明支援システムの構築、法的支援・通訳支援等の体制構築が必要である。もっともこの体制構築にあたっては、死因について詮索されたくない・プライバシーを守りたいという故人の意思への配慮も必要となる。
4 少子多死社会の進展に伴い、孤独死や孤立死をはじめとする医療機関外における多様な死亡の増加が見込まれる。このような状況下においては、犯罪性が認められないとされる死亡事案であっても、例えば、老衰といった形式的・画一的な死因の付与にとどまることなく、具体的状況に即した真の死因究明が求められる。
加えて、的確な死因究明により、虐待問題、乳児の突然死、ヒートショック、熱中症、エコノミークラス症候群など、本来防ぎ得た可能性のある死に関する知見を蓄積し、社会に還元するという、公衆衛生上の要請にも応えるべきである。
5 また、弁護士会においても、
といった取組みを行う。
当連合会は、以上のとおり、死因究明を基本的人権を支える重要なインフラであると位置づけ、その制度的・人的・組織的基盤を抜本的に整備することを強く求めるものである。
ここに、国及び地方公共団体並びに関係機関に対し、上記の施策を速やかに講ずるよう求めるとともに、当連合会においてもその実現のために努力することを宣言する。
2026年(令和8年)9月18日
関東弁護士会連合会
1 死因究明のもつ人権的意義
人の生命は、憲法上最大限尊重されるべき基本的価値であり、その終局である「死」においても個人の尊厳は貫徹されることは当然である。そして、いかなる経過で生命が失われたのかを正確に知ることは、本人の生の完結、遺族の精神的回復、さらには社会全体における安全確保及び再発防止の観点から、極めて重要な意味を有する。
したがって、死因究明は、犯罪死か否かを区別することや単なる医学的・自然科学的関心にとどまるものではなく、個人の尊厳の保障、遺族の知る権利の実現、国家の生命保護義務の履行を具体化するものであり、基本的人権を支える制度的基盤として位置づけられるべきものである。
2 現行制度の構造的限界と人権基盤型インフラ整備の必要性
しかしながら、我が国の死因究明制度は、歴史的に犯罪捜査の一環として発展してきたため、人権という観点から体系的に構築されたものとはいえない。その結果として、
といった構造的課題が存在している。
これらの問題は、犯罪の見逃しや冤罪の発生といった刑事司法上の重大なリスクを招くだけでなく、遺族への権利侵害や社会的信頼の低下をもたらすものである。
そのため、現在の死因究明等推進基本法及び死因究明等推進計画をさらに発展させ、死因究明制度が基本的人権を実質的に保障するための不可欠な社会的基盤(インフラ)であることを重視した、死因究明パブリックセンター(仮称)の整備を含む解剖・検案等を担う専門機関の全国的な整備が必要である。
この死因究明パブリックセンター(仮称)においては、各地域で行われる死因究明施策に対し、地域差を解消するためのガイドラインを提示するほか、法医学者や検査技師などの専門人材の派遣・育成、解剖費用や遺体搬送費への財政支援、CT・MRIなど死亡時画像診断(Ai)機器の整備支援、地域間での情報共有や研修の実施、死因究明データベースの構築・運用などを行い、各地域の死因究明体制を人的・財政的の両面から支援する(バックアップする)ことになる。このほか、公権力が関与する死亡事案について第三者機関として徹底した死因究明や実効性のある検証、公開を行うほか、単なる死因究明に留まらず、全国の死因情報を集約・分析し、公衆衛生や疫学研究、行政施策へ還元する情報拠点(法医と保健統計・疫学と行政を繋ぐ場)として機能することで、質の高い死因究明と健康政策の推進の貢献に資することが求められる。
また、上記に伴い、国等において、適切な死因究明を実現するための指針を提示するほか、人的、物的基盤の拡充や必要な財政措置が講じられるべきことは当然である。
3 死因究明の意義と刑事司法との関係
人の死亡に関する事実の解明は、刑事司法の適正な運用を支える基盤である。すなわち、死因が適切に究明されなければ、本来犯罪として処理されるべき事案が見逃されるおそれがある一方、不十分又は不正確な死因認定は、無実の者に対する不当な嫌疑や冤罪の発生を招きかねない。したがって、科学的かつ客観的な死因究明体制の確立は、犯罪の適正な摘発と無辜の保護という、刑事司法の根幹に直結する課題である。
4 犯罪被害者遺族の権利保障と情報アクセスの必要性
犯罪被害者遺族にとって、死亡の原因及びその経緯・背景に関する正確な情報にアクセスできることは、被害の実相を理解し、精神的回復を図る上で不可欠であるのみならず、加害者の刑事責任が適正に評価されることを確保する前提でもある。
しかしながら、現行制度においては、死因究明の結果や関連情報が捜査機関に偏在し、犯罪被害者遺族が死亡後早期の段階で十分な情報にアクセスできない場合が少なくない。このような状況は、犯罪被害者遺族の知る権利及び手続的正義の観点からも看過し得ない問題であり、情報提供の在り方について制度的改善が求められる。
5 公権力関与事案における独立性・透明性の確保
刑事収容施設、入管施設その他公権力の管理下における死亡事案については、公権力の関与の下で生命が失われたという性質に照らし、その死因究明及び検証の過程において高度の独立性及び透明性が要請される。とりわけ、公権力が関与する場面における死亡については、独立した外部からの実効的な検証と公開がなされなければ、およそ公権力による説明責任が果たされたといえない。
以上の観点から、公権力が関与する死亡事案については、当該機関から独立した第三者機関による死因究明及び検証を行う制度的枠組みを整備する必要がある。
6 少子多死社会と公衆衛生上の要請
我が国は急速に少子多死社会へと移行しており、孤独死や孤立死をはじめとする医療機関外における多様な死亡の増加が見込まれる。このような状況下においては、非犯罪死であっても、例えば、老衰といった形式的・画一的な死因の付与にとどまることなく、解剖等を行うことにより正確な死因判定を行うことで、犯罪の見逃し防止のみならず公衆衛生の向上に資することになる。また、虐待問題、乳児の突然死、ヒートショック、熱中症、エコノミークラス症候群等の「防ぎ得た死」に関する知見の蓄積と社会還元は、公衆衛生政策上極めて重要である。
死因究明の高度化と情報の適切な公開・還元は、これらの課題への対応及び将来の死亡リスクの低減に資するものである。
7 制度再構築の必要性
以上を踏まえると、死因究明制度は、犯罪死か否かを区別する制度、あるいは単なる医学的・自然科学的関心、あるいは個別事件の処理を超え、基本的人権の実質的保障を支える社会的基盤(インフラ)として再構築される必要がある。
そのためには、全国的かつ均質な専門機関の整備、遺族の関与及び情報アクセスの制度的保障、独立した第三者機関による検証体制の確立、結果の社会還元と公衆衛生への活用といった観点から、制度的・人的・組織的基盤の抜本的整備が不可欠である。
また、弁護士会においても死因究明に関する遺族の相談に積極的に応じ、権利擁護の観点から必要な法的支援を行うほか、死因究明制度や運用の問題点を明らかにし、その改善を求める調査・提言、審議会・検討会への参加、市民への啓発活動を継続的に行う必要がある。
よって、当連合会は、本宣言をするものである。