平成29年8月19日(土)~20日(日),関弁連法教育センター合宿が開催された。
20日(日)には,関弁連法教育センターにおいて出版を予定している『わたしたちの社会と法』の続編である「技能編」の内容についての検討を行ったが,ここでは,19日(土)に行われた「『公共』についての勉強会」の内容について報告したい。
中央教育審議会答申(平成28年12月)によると,【公共】は新必修科目として予定されているものの,なにぶん新しい科目であることから,私立高等学校教員でありながら弁護士資格を有する神内聡委員による報告と文部科学省・国立教育政策研究所の樋口雅夫様による報告が以下のとおりなされた上で,質疑応答等活発な議論が交わされた。
- 1 神内聡委員による報告
- (1) 現行の公民科目と新科目【公共】の比較
現行の公民科目とりわけ「現代社会」と新科目【公共】につき,公民科の目標・科目の目標・カリキュラム・内容構成・内容の取扱いの各項目についての比較が紹介された(資料)。
その中でとりわけ注目すべきものとして,中央教育審議会答申に示された新科目【公共】においては,以下の内容構成・取扱いとなっていることについても紹介された。
- • 題材の取扱いとして,政治的主体,経済的主体,法的主体,様々な情報の発信・受信主体の相互の有機的な関連を図ることが求められており,「法的主体」については公正な手続きに則り各人の意見や利害を公平に調整し,個人や社会の紛争を調停・解決することなどを通して,秩序を形成・維持していくことを協働して目指すものとされた上で,その題材として裁判制度と司法参加などが挙げられていること
- • 複数の主体が複合的に関連し合う題材として,財政と税,社会保障,市場経済の機能と限界,労働問題(労働関係法制を含む),契約,消費者の権利や責任,多様な契約,メディア,情報リテラシー,男女共同参画などが挙げられていること
- • 「複数の主体が複合的に関連し合う題材」を取り扱う場合には,選挙管理委員会,消費者センター,弁護士などの関係する専門家・機関と連携・協同したり,討論,模擬裁判などの学習活動を効果的に取り入れたりすることによって学習効果を高めることが期待できるという記載がなされていること
- (2) 教育現場での新科目【公共】のための準備
教育現場での新科目【公共】のための準備にあたり,以下の各観点からの問題意識が紹介された。
- ア カリキュラム編成の観点
- • どの学年で実施すべきか
- • 2単位とされている【公共】のコマ数をそれ以上に増やすべきか
- • 「倫理」や「政治・経済」を選択科目として設定すべきか
- イ 学習指導計画の観点
- • 重点的に指導する分野の選定
- • 外部講師による授業計画
- • 他教科等(地理歴史など)との連携
- ウ 成績評価
- • 主体的・対話的で深い学びの視点から授業改善していく際の総括的評価の在り方についての工夫
- • 定期試験以外の場面における,観点別学習状況評価(「思考・判断・表現」など)の評価規準をどのように設定するか(ex.模擬裁判やディスカッションでの成績評価)
- • 観点別評価の在り方
- (3) 公民科教員の立場から考える新科目【公共】の課題
公民科教員の立場から,【公共】の課題には以下の諸点がある旨の問題意識が紹介された。
- ア 学習内容の増加
- • 現行の「現代社会」以上に学習内容が増加し2単位では全内容を消化しきれないのではないか
- • 学習内容の精選が困難
- • 活動的な学びとの両立が困難
- • 入試における負担増
- イ 【公共】の必修科目化
多様な専攻がある高校教育のニーズに対応できるか
- ウ アクティブラーニングの問題
- • 成績評価が困難(【公共】の学習内容はかなりレベルが高いことも影響する)
- • 学習内容の増加に対応できるか
- • 発達障害の生徒や自己主張が得意でない生徒などに対応できるか
- (4) 弁護士によるサポートに期待すること
弁護士によるサポートに期待することとして以下の各事項が挙げられた。
- ア 知識に対する深い理解
「なぜ悪い人を弁護するのか」という説明には裁判制度への深い理解が求められるように,一般教員では難しいと思われる,「なぜその制度があるのか」,「なぜその考え方があるのか」といった制度趣旨や背景事情にまで踏み込んだ指導
- イ 教育現場との接点の増加
弁護士と教育現場の接点が増えることにより教育現場の現実や改善点などを理解してもらえること
- 2 文部科学省・国立教育政策研究所の樋口雅夫様による報告(資料)
- (1) 今後の学習指導要領改訂に関するスケジュール
高等学校の公民科における新必履修科目として【公共】が設けられること等を内容とする学習指導要領の改訂は平成29年度中になされ,平成30年度に周知・徹底を図り,平成31年度以降は移行期間として教科書検定→採択・供給→使用開始となり,平成34年度から年次進行で同要領が実施される見通しであることが報告された。
- (2) 高等学校地理歴史科,公民科に置かれる各科目のイメージ
地理歴史科における新必履修科目として【地理総合】及び【歴史総合】を,公民科における新必履修科目として【公共】をそれぞれ設けること,地理歴史科における選択科目として【地理探究】,【日本史探究】及び【世界史探究】を,公民科における選択科目として【倫理】及び【政治・経済】をそれぞれ設けることが中央教育審議会答申に示されたことが報告された。
- (3) 高等学校学習指導要領における【公共】の概要
中央教育審議会答申に示された高等学校学習指導要領における【公共】の概要は以下のものであることが報告された。
- ア 【公共】において育む資質・能力
【公共】という科目で育む資質・能力としては,「人間と社会の在り方についての見方・考え方」を働かせて,以下の資質・能力の3つの柱を育成することにある。
- (ア) 現代社会の諸課題を捉え考察し,国家及び社会の形成者として必要な選択・判断の手掛かりとなる概念的な枠組みや倫理的,法的,政治的,経済的主体等に関する理解とともに,諸資料から,倫理的,法的,政治的,経済的主体等となるために必要な情報を効果的に収集する・読み取る・まとめる技能
- (イ) 選択・判断の手掛かりとなる考え方や公共的な空間における基本的原理を活用して,現代の社会的事象や現実社会の諸課題の解決に向けて事実を基に多面的・多角的に考察したり,構想したりする力や,合意形成や社会参画を視野に入れながら,社会的事象や課題について構想したことを,妥当性や効果,実現可能性などを指標にして論拠を基に議論する力
- (ウ) 現代社会に生きる人間としての在り方生き方についての自覚,我が国及び国際社会において国家及び社会の形成に積極的な役割を果たそうとする自覚 など
- イ 【公共】における3つの大項目
【公共】においては,3つの大項目(「公共の扉」,「自立した主体として国家・社会の形成に参画し,他者と協働するために」,「持続可能な社会づくりの主体となるために」)が設けられている。
- (ア) 「公共の扉」
- a 自立した主体とは,孤立して生きるのではなく,他者との協働により国家や社会など公共的な空間を作る主体であるということを学ぶとともに,選択・判断するための手掛かりとなる概念や理論,公共的な空間における基本的原理を理解し,以下の(イ),(ウ)の学習の基礎を養う。
- b 「公共の扉」で身に付けることが求められる,社会に参画し,他者と協働する倫理的主体として,行為の善さを個人が判断するための手掛かりとなる考え方には,以下の2つがある。
(a)その行為の結果である,個人や社会全体の幸福を重視する考え方
(b)その行為の動機となる人間的責務としての構成などを重視する考え方
- c 重視する思考力,判断力,表現力等は以下の2つである。
(a)現代社会の諸課題を捉え考察し,選択・判断するための手掛かりとなる考え方や公共的な空間における基本的原理を理解し,事実を基に多面的・多角的に考察する力
(b)考察したことを,資料を踏まえて説明したり論述したりする力
- (イ) 「自立した主体として国家・社会の形成に参画し,他者と協働するために」
- a 小・中学校社会科で習得した知識等を基盤に,上記①で身に付けた選択・判断の手掛かりとなる考え方や公共的な空間における基本的原理等を活用して現実社会の諸課題を自ら見出し,考察,構想するとともに,協働の必要な理由,協働を可能とする条件,協働を阻害する要因などについて考察を深める。
その際,公共的な空間を支える様々な制度の改善を通じてよりよい社会を築く自立した主体として生きるために必要な知識・技能,思考力・判断力・表現力及び態度を養い,以下の(ウ)の学習が効果的に行われるよう課題意識の醸成に努めるようにする。
- b 重視する思考力,判断力,表現力等は以下の2つである。
(a)選択・判断するための手掛かりとなる考え方や公共的な空間における基本的原理を活用して,政治,経済,法などに関する現代の社会的事象や,それらが複合的に関連し合って生じている現実社会の諸課題について,解決に向けて協働的に考察する力
(b)合意形成や社会参画を視野に入れながら議論する力
- (ウ) 「持続可能な社会づくりの主体となるために」
- a 上記(ア)で身に付けた選択・判断の手掛かりとなる考え方や公共的な空間における基本的原理等を活用するとともに,上記(イ)で行った課題追究的な学習で扱った現実社会の諸課題への関心を一層高め,個人を起点として,自立,協働の観点から,今まで受け継がれてきた蓄積や先人の取組,知恵などを踏まえつつ多様性を尊重し,合意形成や社会参画を視野に入れながら持続可能な地域,国家・社会,国際社会づくりに向けた役割を担う主体となることについて探究を行う。
- b 重視する思考力,判断力,表現力等は以下の2つである。
(a)選択・判断するための手掛かりとなる考え方や公共的な空間における基本的原理を活用して,個人を起点として,自立,協働の観点から,持続可能な地域,国家・社会,国際社会づくりに向けて現実社会の諸課題の解決に向けて構想する力
(b)合意形成や社会参画を視野に入れながら,構想したことの妥当性や効果,実現可能性などを指標にして論拠を基に議論する力
- ウ 【公共】において求められること
【公共】においては以下の各事項が求められている。
- (ア) 教科目標の実現を見通した上で,キャリア教育の観点から,特別活動などと連携し,経済,法,情報発信などの主体として社会に参画する力を育む中核的機能を担うこと
- (イ) 取り上げる事象については,生徒の考えが深まるような様々な見解を提示すること
- (4) 学習指導要領改訂の背景
学習指導要領改訂の背景として,「子供たちに,情報化やグローバル化など急激な社会的変化の中でも,未来の作り手となるための必要な資質・能力を確実に備えることのできる学校教育を実現する」ことがあり,以下の2つが目標となっていることが報告された。
- ア よりよい学校教育を通じて,よりよい社会を作るという目標を学校と社会が共有して実現
- イ 学校教育のよさをさらに進化させるため,学校教育を通じて子供たちが身に付けるべき資質・能力や学ぶべき内容などの全体像を分かりやすく見渡せる「学びの地図」として,学習指導要領を示し,幅広く共有
- (5) これからの教育課程の理念
中等教育審議会答申に示されたこれからの教育課程の理念は,よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を学校と社会とが共有し,それぞれの学校において,必要な教育内容をどのように学び,どのような資質・能力を身に付けられるようにするのかを明確にしながら,社会との連携・協働によりその実現を図っていくという「社会に開かれた教育課程」にあり,その内容は以下の3つであることが報告された。
- ア 社会や世界の状況を幅広く視野に入れ,よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を持ち,教育課程を介してその目標を社会と共有していくこと
- イ これからの社会を創り出していく子供たちが,社会や世界に向き合い関わり合い,自分の人生を切り開いていくために求められる資質・能力はとは何かを,教育課程において明確化し育んでいくこと
- ウ 教育課程の実施に当たって,地域の人的・物的資源を活用したり,放課後や土曜日等を活用した社会教育との連携を図ったりし,学校教育を学校内に閉じずに,その目指すところを社会と共有・連携しながら実現させること
- (6) 学習指導要領改訂の方向性
- ア 中央教育審議会答申に示された学習指導要領改訂の方向性は,「新しい時代に必要となる資質・能力の育成と,学習評価の充実」にあり,その資質・能力は以下の3つであること,及び何ができるようになるか等について報告された。
- (ア) 学びを人生や社会に生かそうとする学びに向かう力・人間性等の涵養
- (イ) 生きて働く知識・技能の習得
- (ウ) 未知の状況に対応できる思考力・判断力・表現力等の育成
- イ 何ができるようになるか
よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を共有し,社会と連携・協働しながら,未来の創り手となるために必要な資質・能力を育む「社会に開かれた教育課程」の実現
- ウ 何を学ぶか
新しい時代に必要となる資質・能力を踏まえた教科・科目等の新設や目標・内容の見直し
- エ どのように学ぶか
主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)の視点からの学習過程の改善