関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

シンポジウムシンポジウム

2021年度 性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる ―人権保障のため私たち一人ひとりが何をすべきか―

2021年度シンポジウム委員会事務局長 宮井 麻由子(長野県)

1 LGBTの「T」

 9月24日(金),軽井沢プリンスホテルウエストからWeb配信する方法で,上記のシンポジウムを開催した。LGBTについては,近年,弁連や弁護士会でも多くの企画があるが,本シンポはこのうちのT(トランスジェンダー)に焦点を当てた。
 トランスジェンダーとは,「出生時に割り当てられた性別とは異なる性自認を持つ人々」を言う。タイトルの「性別違和・性別不合」は医療的観点からの分類名である。これまでは「性同一性障害」と呼ばれてきた。
 会場でシンポ・大会関係者50人,Webでは一般市民の皆様を含め400人が参加した。


2 基調講演 ― ある「性同一性障害」者が見てきた社会

 シンポ前半は,性同一性障害の当事者である虎井まさ衛さんの基調講演が行なわれた。虎井さんは,幼少期には「大人になったら男の人になる」と思っていて,小学5年時の性教育の授業で,自分の身体が女性になっていくことが分かり,絶望したという。
 法令上(戸籍)の性別を変更する法律が制定される前の時代,虎井さんは,男性として社会生活を送る一方,戸籍上は女性であり,それが原因で長年勤務した職場を辞めたこともあった。当時は一般市民だけでなく,司法関係者や著名な人権団体にも受け入れられない存在であった。
 2003年に「性同一性障害者性別取扱特例法」が制定されると,それまでとは打って変わって,性同一性障害は人権問題として認知されるようになる。ただ,この法律はあくまでも「かわいそうな障害者を救済する」法律であって,「トランスジェンダーの人権を守る」法律ではなく,性別変更の要件にも問題が多いという。
 虎井さんからは,心の中の偏見がどうしても拭えない場合はあるが,それを表に出すことは差別やいじめであり,せめて表面上は他の人達と同じように接してほしいこと,また弁護士業務との関係では,性的少数者は,性に関わらない事故・事件にも遭うのであり,弁護士にどう思われるか不安な状態では相談がしづらいこと,LGBTフレンドリーの弁護士が増えてほしいことなどが終始穏やかな口調で述べられた。


3 国内に類書のないシンポ報告書

 報告書(PDFファイル)はこちら

 当委員会の活動は,8部会に分かれて行なってきた。部会数が多いが,トランスジェンダーの困難が,人生のあらゆる段階,日常生活のあらゆる局面にわたることの現れでもある。
 委員会では,文献や資料の調査に加え,当事者・支援者へのヒアリングや,全国の弁護士会への「性別表記・性別欄の取扱いに関するアンケート」,管内弁護士会への「性自認と戸籍上の性別が異なることに関連した被収容者からの人権救済申立てに対し勧告を行った事案についての照会」,全国の刑事収容施設(182施設)への「性別違和,性別不合を有する被拘禁者の対応状況に関するアンケート」,厚生労働省への性同一性障害医療の健康保険の取扱いに関する照会等を行なった。
 完成した報告書は476ページになった。トランスジェンダーが直面する問題について,これほど広範囲にかつ踏み込んだ法的検討を行なった資料は,現時点では国内に類書がないと思われる。
 報告書の表紙には,ライトブルー・ピンク・白の「トランスジェンダー・プライド・フラッグ」がデザインされた。裏表紙には,LGBTの尊厳の象徴であるレインボーフラッグの着想のもとになった「虹の彼方に(Over The Rainbow)」の譜面がデザインされた。この裏表紙はピアノ演奏を趣味とする諏訪雅顕委員長(長野県)のアイディアである。
 なお,LGBTと聞くと,(大声では言えないものの)どうしても違和感があるという会員の先生方におかれましては,まずは報告書末尾の「あとがき」をご覧になってみて下さい。


4 延べ16名による委員会報告

 シンポ当日は,各部会あたり12.5分という持ち時間で,それぞれの検討結果を報告した。報告者は以下のとおり。(五十音順,敬称略)
 ⓪はじめに…宮井(長野県)
 ①総論・憲法論…小池さやか(長野県),本多広高(東京),松永成高(東京)
 ②法律上の性別変更…黒田隆史(新潟県)
 ③性別表記・性別欄…大畑敦子(東京),吉田奉裕(埼玉)
 ④医療…鈴木敦悠(東京)
 ⑤トイレ…立石結夏(第一東京)
 ⑥子ども(学生)…今泉圭介(茨城県),梅田英樹(静岡県),呉国峰(栃木県)
 ⑦労働…安倍嘉一(第一東京)
 ⑧刑事収容施設…岡室恭輔(長野県),尾畑慧(栃木県),本多広高(東京)
 延べ13名の委員が入れかわり立ちかわり壇上にのぼり,3名がWeb出演する異例の構成となったが,分厚い報告書のエッセンスを伝えようという各部会の工夫と,司会の髙岡俊之副委員長(神奈川県)・小池さやか委員,タイムキーパーの丸山彬委員(群馬)の巧みな対応により,大きな時間超過なく収めることができた。
 パワポ操作や配信トラブルに備えて,岡室恭輔副委員長・田中良平委員(いずれも長野県)が会場中央に設置した機材付近に張り付いた。
 シンポの最後には,諏訪委員長が,参加申込書の性別欄の削除に応じて下さった旅行代理店JTBと,(Web方式への変更により実現はしなかったが)本シンポに即したトイレ利用を快諾して下さった軽井沢プリンスホテルへの感謝を述べた。


5 終わりに

 LGBTなどの性的少数者は高い自殺リスクを持つことが知られている。ネックとなるのは,少しでも差別やいじめがなくなること,理解者が増えていくことである。
 社会の慣習や制度を丁寧に見直していくことも重要である。すべての人は平等であり人権があるという憲法価値を根底に置いた,冷静な議論が必要であろう。法律家の役割が大きいということでもある。
 昼休憩を挟んだ定期大会の来賓祝辞では,東京高等検察庁検事長から,「検察庁としても,司法の根幹をなす人権問題の一つとして,本日のシンポジウムのとおり,性自認への理解を深めることが不可欠であると考えている」旨の言葉があった(同総務部長による代読)。
 定期大会で採択された大会宣言のとおり,性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会を本当に実現させるために,今後も関弁連をはじめとする弁連,弁護士会の取組みが求められていると言える。
 シンポジウムにご協力をいただいた皆様方に心より御礼申し上げます。

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